2004-06-01

パンジーだよりNo.52

3月、4月は胃がいたい!

今、かえる会では、4月からのこと、いろんなことを考えています。パンジーからパンジーUやハートに変わるメンバーのこと、4月からの職員の動き方、グループホームの引っ越しのことも、かえる会の中で、みんなで考えています。
メンバーのことでは、パンジーとパンジーUとハートのメンバー全員に、毎年のように「4月からどこで働きたいかアンケート」をとりました。パンジーの2人が、パンジーUとハートで働きたいということで、ハートに来たい人には、4日間ハートを体験してもらいました。体験が終わった後に、ハートで考えて「ちょっと難しいかな」「やる気はあるなー」「やればできるんじゃないか」と思って、4月からは、毎日ではないけど、週に何日か来てもらうことになりました。パンジーUに行きたい人も、3日間の体験をしてもらって、パンジーUのみんなで考えて、それで4月から、パンジーUに行くことになりました。
職員のことでは、4月から職員はむちゃむちゃ変わります。林さんと、豆子さんと生田さんとオレで、職員の面接をしました。これは4月からの体制に向けてやっていました。去年は、かえる会のみんなで面接をやってみて、今年はちょっと変えようかなぁと思って、やりました。忙しかったから、生田さんとオレは交代で入りました。面接では、職員がはっきりと言うたから、「まぁ、本音出たなー」と、よかったと思っています。本音を聞けて、ちょっとビックリしたこともあったけど、良かったです。その時に、「はたらく場所を変えたい」という意見をいくつか聞きました。そして、4月から、パンジーとパンジーUとグループホームの職員がころっと変わります。ハートはこのままです。職員のみんなから「もう一年、がんばる」と聞いたから、それは安心しました。がんばってほしいです。
グループホームもいろいろ引っ越しがあります。引っ越しをしたいという意見があって、思い切って引っ越しをすることになりました。グループホームのメンバーが入れ替わります。4月には新しいグループホームもできます。また、砂川センターという入所施設からグループホームに1人、新しく来ます。
4月から、いろんなことがころっと変わります。ころっと変わったことは、はじめは不安やと思います。まぁ、時間がたって慣れてくると思います。
2月、3月は考えることが多いです。僕は考え事があると胃が痛くなります。今も胃薬を飲んでます。4月からは、楽しくゆっくりとやっていきたいと思います。     (梅原義教)




「みんながいい支援者になればいい」
〜元気のでるアンケート調査にご協力ありがとうございました!〜

2003年10月から「元気のでるアンケート調査」と題して、各地の知的障害当事者にアンケート調査を行ってきました。
 アンケートの内容は当事者たちが中心となってプレ調査を実施しながら練り上げました。そして当事者が当事者の顔をみながら質問し、答え
ていきました。「アンケートのなかには、支援者のいやなところも聞くことがあります。近くにその支援者がいると、言いにくいと思います」。との当事者の意見から、支援者には席を外してもらいました。
 初めてのアンケート調査地は徳島と香川。続いて沖縄、鳥取と続き、関西地区のいろんなところに調査に行きました。そして、合計207人の当事者に調査を行うことができました。ありがとうございました。どうしてこのアンケート調査をしようと思ったかというと・・・。当事者からの依頼の手紙を紹介します。


  「知的障害をもつ人たちへの実態調査」にご協力お願いします

今回の企画は、社会福祉・医療事業団からお金をもらってやっていきます。
わたしたちは、全国のなかまが地域の中で、自分らしく、楽しく生活しているのか、しりたいと思いました。わたしたち、当事者の声は、まだまだ地域の中に届いていないように思っています。わたしたちは小さい頃から、親や職員、学校の先生になど、いろいろなことを決められてきました。自分たちはいつも「がまん」させられてきました。
でも、今のわたしたちは、ちがいます。もう「がまん」しません。少しづつ、自分たちで声をあげています。「あんなことしたい」「これがいい」「こういうのはやめてほしい」。
みなさんは、どうですか?みなさんは、自分の意見を、いえてますか?
そんなことが知りたくて、全国の人に、「アンケート」をしたいと考えています。集まったアンケートの結果を、本にしたいと思います。できた本は、全国各地にくばって、いろいろな人に見てもらおうと考えています。
わたしたちが、とくに見て欲しいなと思っているのは、支援者の人たちです。支援者に、もっと私たちが何を考えているのか、知って欲しいと思っています。
そしていい支援者にかわってほしいと思います。わたしたちは悪い支援者はいりません。みんながいい支援者になればいいと思います。




元気の出るアンケート調査をして

表さん・・先にアンケートを書いている人がいたので困った。どうしたらいいかわからなかった。  いろんなところに行って勉強になった。また行きたい。いろんな人と友だちになれるから。(大  阪)工房の人はゆっくりで時間がかかった。
福田さん・・楽しかった。沖縄の人優しかった。GH広かった。たんぽぽより、お風呂も広かっ  た。大阪の人も優しかった。お昼ご飯おいしかった。
山下さん・・入所施設はいややなと思った。住みたくないと思った。何かくさかった。
  アンケートは楽しかった。大沢たみさんと初めは話ができなかったが、大沢さんが話しかけ  てくれて話ができて、後は笑ってた。アンケート初めは緊張してたが、だんだんなくなって  きた。「次いってみよう!」と言ってた。またアンケートがあったら参加したい。
西尾さん・・人に気を遣ったのでしんどかった。入所施設に入っている人は、よく我慢している  なと思った。もっとみんな自身で自分たちのことを考えたらいいのに。給料やお小遣いなど  が平均800円の人がいてびっくりした。
平石さん・・アンケートは簡単だった。結婚している人がいたが、自分では難しい。
  給料が1万5千円の人がいた。私も欲しい。沖縄は料理やオリオンビールがおいしかった。
生田さん・・北海道の土本さんと滋賀県の山城千絵美さんと徳島と香川に行った。香川の人たち  は、ぼちぼちアンケートに答えてくれた。徳島は、ものすごく元気な人ばかりだった。アン  ケートのペースもとても速かった。こっちがアンケートを読んでいるうちに、どんどん進ん  でいった。小遣いのことや、給料のことを聞いた。
  アンケートが終わった後、帰りしなに一緒にご飯を食べに行けたので、友達ができたみたい  で良かった。今年のピープルファーストの徳島大会で、また会えたらいいな。
山田さん・・沖縄には初めて行った。11月はピープルファースト大会の準備が忙しかったので  アンケートの練習をする暇がなかった。沖縄でぶっつけ本番だったので、ちょっとあがった。  最初の夜の交流は楽しかった。アンケートにたくさん答えてくれてよかった。
  他に奈良にいった。もう1回、別の所にアンケートに行きたい。
肌勢さん・・鳥取は寒かったな。アンケートは、みんなあんじょう答えてくれた。鳥取の人たち  は、みんな明るい人たちだった。他にも大阪の高槻に行って知らない人たちにアンケートを  した。奈良には知っている人が少しいた。いろんな所に行ってちょっと疲れたな。
小松原さん・・鳥取は僕より年上の人をアンケートするので緊張し  た。雪がすごかった。そして最後の3日目のアンケートでは大  阪出身の人がいて、うさぎ小屋を見せてくれた。相手の人が終  わったかどうかを聞くために「できましたかー」って聞いたら  女の人が「はい」と答えてくれた。大阪では高槻市の作業所に  行った。どんなところやーと思って行ったけどよかった。    西淡路のハニカムに行ったときは晩ご飯を食べてきた。アンケ  ートでいろんな人にあって緊張したけど、頑張れた。





就労支援の現場から

ジョブコーチとして働くようになって一年が経ちました。ジョブコーチとは障害者の方が働く職場(雇用前実習も含みます)に直接訪問して、うまく仕事をしていけるように仕事の段取りを考えたり補助具を作ったり当事者や職場の方の相談に乗ったりといった様々な調整をする仕事です。
就労支援の特殊な点はいくつかありますが、当事者支援と同じく、場合によってはそれ以上に事業主に対する支援が重要であるということです。職場では障害者と話をするのも初めてという人のほうが多く、特に地位が上の方ほどその傾向が強く現れるようです。上司との関係がうまくとれていない当事者は本来の力を発揮できないことも多く、そういったときに「彼(彼女)にはもっと違う仕事が合っているのでは」というやんわりとした雇用継続のお断りを頂く場合もあります。裏を返せば職場側のSOS。ジョブコーチとしてはなるべく本音で語っていただけるように職場と信頼関係を作らなくてはなりません。そうしてお話をさせていただく中で、本人とどう接したらいいのか、どう伝えればいいのかといった職場側の悩みを聞きだすことができたり、時には職場の当事者以外の問題についてご相談を受けることもあります。
中には差別意識・先入観丸出しのところもあり、しかも障害者を多数雇用している会社に差別がないとは限りません。また仕事そのものも、それでいいの? と思わず聞きたくなるようなやり方をしている職場もあります。そこで真っ向から異論を申し立ててしまうと、当事者が職場にいづらくなったり、場合によっては採用自体が危うくなりますから、よほどのことがない限り会社の常識を尊重しなくてはなりません。
障害者雇用とは「健常者が」障害者と共に働く意味を問われることだと思います。私たちは、目の前にいる当事者と明日から同僚として働くことになったら、と考えたことがあるでしょうか。様々な場面で私たち支援者は当事者の声を代弁して当事者の権利を勝ち取ろうとしています。しかし逆に自らが障害者に門戸を開く立場にたったとしたら…そう想像するとき、障害者雇用の現場にいる方々に感謝する気持ちが自然に起こります。別の言い方をすれば「支援」することに慣れてしまった私たちにとっては、彼らと共に働くのはすでに至難の業なのかもしれません。努力する当事者に対して「まだ仕事ができていない」と冷静に伝えることは、シビアに利益を追求する仕事の現場では普通のことなのです。毎日パンジーから離れた場所で仕事をしていますが、迷ったときはパンジーだったらどうするだろう?と考えています。
今回は私の思いが中心になってしまいましたが、次の機会がありましたらもっと具体的な話やパンジーの当事者の就労の報告ができたらうれしいです。   (葦原)




デイサービスより       
「デイサービス」を始めて1年が経ちました。今回初めて『パンジーだより』に登場するので、この1年間の活動内容と利用者メンバーの様子を紹介します。
 去年の4月、デイサービスは、それまで毎週木曜日に行っていた在宅の人たちの集まり「かきルーム」の活動を、火・水・木の3日間にしてスタートしました。かきルームは地域で暮らす在宅の人たちが孤立しないよう、当事者リーダーのIさんと職員で家庭訪問をし、外へ出てくるよう誘ってきました。現在、家族と暮らしている人、一人暮らしの人、他の施設のショートステイで生活している人など10数名の人が利用しています。
利用はできるだけ長期に渡らず、将来的に就職を探したり、作業所などに通えることを目標にしています。
 デイサービスでは、調理・園芸・外出・陶芸・ビデオ・カラオケ・「元気がでるはなし」・「ピアカウンセリング」などの活動をしています。春には、ザ☆ハートの人たちと「お花見&バーベキュー」、夏には家族も誘ってのバーベキューA秋には「ピープルファースト大会in滋賀」に8人参加し、冬にはクラブカフェでのクリスマスパーティに参加と、季節ごとの行事にも積極的に参加してきました。利用者の人たちは日々の活動や仲間とつながりを作る中で、少しずつ自信をつけ、表情が明るくなってきているのを感じます。最近は「恋の出会い」があった人もあり、家族に話をして理解を求め、「結婚」を目指してがんばっています。皆で応援しています。
 これからも、ひとりひとりが地域の中でいきいきと生活できるよう、自分の生き方を自分で決める力を発揮できるよう、関わっていきたいと思います。         (にっしゃん) 




「とてもいいじゃん」               野村信久
 3月31日で、砂川センターを卒業しました。グループホーム「てくてく」で今は、はだせさんと、へやでいっしょにいています。僕は自分のへやでCDとかテレビ、ビデオとか見たりおんがくを聞いたりしています。
「てくてく」はとても「わかばりょう」にくらべて、とてもお城みたいでとてもすごしやすいです。
 はだせさんは、たばこをよくすっています。てくてくで、はだせさんは12時ころインスタントの焼きそばを食べています。はだせさんはとても変わった人です。夜、はだせさんはラジオ体操をしています。僕がラジオ体操を教えてあげました。神戸南京町では、はだせさんは王将へ行ってラーメンセットをたべました。
僕はマウンテンバイクを買いました。僕は容院で髪の毛を染めました。とてもいいじゃん!




2003年度 対市交渉を終えて                   

 2月19日に、「パンジー」・「パンジーU」・フレンズ・RAN(ラン)・リサイクル「ラン」・らくらくハウス・自立支援センター「ぱあとなぁ」からなる「つばさグループ」と、東大阪市の福祉部を中心とした障害福祉施策に関する担当部署との間で交渉の場を持ちました。
 今年度は、障害者の地域生活を支えるための新障害者プランについてや、昨年4月から始まった支援費制度のこと、東大阪市の障害者就業などで、たくさんありましたが、中でも、東大阪市市内に建設が計画された入所施設については、大きな重点項目でした。
<当事者の感想>
●入所施設を作らないでほしい    ●私は入所施設に入りません! 
●「仕事がしたい」と伝えた     ●「市役所で働きたい」と言った
●東大阪の人は何も分かってないなあ、と思った
  今回は入所施設反対についての話が大きく取り上げられました。当事者の人をはじめ、いろいろな人が次々に声を上げました。中でも入所施設に自分の娘がいる当事者の人が、涙ながらに大きな声で「娘と暮らしたいんや!」と訴えていたのが印象的でした。どれだけ訴えても「検討します」という東大阪市の返答には、私も本当に腹が立ちました。しかし今回の交渉の甲斐あってか、入所施設建設は中止になりました。行政の人は対市交渉などで当事者の声を聞き、東大阪の政策を少しずつでも当時じゃ中心に変えていくことは大切だと思いました。(うえなか)




問題になっている行動 U

中新井 澪子

 7年前に一度、「問題になっている行動」について書いたことある。あれからパンジーにも新しいメンバーが増えた。また、知的障害の伴わない自閉症者が自分たちの「生きにくさ」について語られることも多くなった。一方で脳の研究も進み、仮説ながらも障害の部位や症状形成の機序が明らかになりつつある。そんな今、もう一度「問題になっている行動」をゆっくり考えてみたいと思う。
『パンジーだよりNO.23』では、その行動の原因として@要求を通そうとする意志または通らないことへの反応、A状況が理解できないための困惑や回避の表現、B周囲の無関心に対する反応、C独別な感覚や状況への強いこだわりの表現をあげている。そして突発的に見える行動も必ず誘因があるので、事前に察知したいとも述べている。誘因として考えられるのは、嫌悪や恐怖の体験が呼び起こされるフラッシュバック、本人が刺激的・挑発的と感じる物音や言動、睡眠不足、暑さ、かゆみなどの身体的不快感などである。
 パンジーのスタッフも、メンバーと一緒に過ごす時間が長くなれば、これらの原因や状況について把握できるようになってはいるが、それでもなお、執拗なこだわりや他のメンバーへの突然の攻撃的行動には日々苦慮している。
 Nさんは、突発的につかみかかり、スタッフやメンバーの髪を強くひっぱる。直前であれば「大丈夫」「関係ないよ」の言葉が効果的で、かなり行動を抑制できるようになってきたが、それでも突進してしまうこともある。原因は初めての人や、刺激的な音や声への反応であることが多いのだが、どうしても、そのきっかけがつかめないこともある。何かが気に入らないのではなく、もしかしたら「何かがしたい」「不快感を何とかしてほしい」という、その場の状況とは関係のない要求や、感情の訴えもありうるのではないか。彼はやりたいようにやっている風でいても、彼からスタッフへの自発的な要求や訴えはあまりにも少ないからだ。
 スタッフはNさんの他害行動を抑えるために「大丈夫」をキーワードにしたり、一人で落ち着ける小部屋を用意したりしてきたが、今回は彼からの発信をキャッチする工夫を考えることにした。彼は聞くより読む、話すより書く方が楽かもしれないので、いつも紙とペンを用意して筆談をする。また、いくつかの要求を書いたカードを作り、意志表示しやすくするなどである。
 次に考えられるのは、要求を表現する方法が分からなくて困っているというより、何らかの理由で躊躇している場合である。激しい自傷行為があったOさんの時も、要求への抵抗や葛藤―素直に要求や意志が出せない何か―があるように思った。今、彼は強引すぎるくらい、はっきり意思表示する。そして頬のアザはすっかり消えてしまっている。
 問題行動の原因に「気持ちや要求を伝えることへの抵抗や葛藤」を付け加えることにしたい。
 これは難題である。続きは次回に・・・。




「大阪府の大規模入所施設再編計画」と東大阪市の現状

1、経過
大阪府では、府立の大規模入所施設「金剛コロニー」「砂川厚生福祉センター」などの入所者の定員を減らすために福祉圏域単位で各地域に「小規模」入所施設をつくろうとしている。
 2005年度に中核市になる東大阪市では、この計画の1番手として、金剛コロニー、大阪府、東大阪市の3者のもとで入所施設建設の計画がすすめられていた。そうした計画が去年の終わりに明らかになった。

東大阪市では、2002年12月から進められていた「東大阪市新障害者プラン策定小委員会」において、残りあと2回となった2004年1月の委員会で「障害者が地域の担い手のひとりとして地域活動等に参加したり自らの意志で地域のなかで自由にさまざまな活動ができるように基盤づくりをすすめます」
という部分が、事務局で下記のように変更された案が提出された。
「入所施設については、地域生活への移行に向けたサポート機能を果たせる資源としての位置づけをし、必要な整備検討を行います」
 障大連と「パンジー」で、再編計画の白紙撤回を求め、大阪府と協議を重ねていった。今年の2月にあった東大阪市と「つばさグループ」の交渉においても、当事者側からの激しい反対の声が挙げられた。
 結果として、コロニーの再編計画に伴う東大阪市の新規入所施設の計画は「自然消滅」となり、新障害者プランにおいても問題の文面は「既設の入所施設については、地域生活への移行に向けたサポート機能を果たせる資源として位置づけます」と変更された。

2、東大阪市での地域移行

 大阪府と協議を重ねる中で、パンジーが提案した地域移行のプランに乗る形で、大阪府から「砂川療育センターの当事者を受け入れてもらえないか」という話になった。
 当事者の意思確認も含め、3月の中旬に体験的にグループホームに宿泊、通所施設を利用し、当事者自身も乗り気になった。砂川を退所し、4月からパンジーでグループホームと通所施設を利用している。
 これから、東大阪市全体で「地域生活支援システム」をどうつくっていくかが大きな課題である。その中で、東大阪市民でありながら制度の不十分さを理由に入所施設での生活を余儀なくされてきた人たち一人ひとりの暮らしをつくることを支援していきたい。
はっしんきち ザ☆ハート(生田進・福岡挙)


posted by パンジー at 16:13 | パンジーだより

2003-11-01

パンジーだよりNo.51

「やっとおわったな〜」

やっと職員の面接が終わりました。職員、介護者のみなさん、ご協力ありがとうございました。かえる会は、みなさんの気持ちが聞けて、よかったと思っています。
 面接をすることになったのは、グループホームの介護者が辞めていって、新しい介護者が入ってきて、「グループホームの介護者の顔が、最近バラバラの顔でわからんから、これはあかんな〜」とみんなで考えたからです。それで「かえる会で面接やろか〜」って、決まりました。
3日間にわたって、45人の面接をしました。はじめの日は「面接ってしんどいな〜」って思いました。はじめの日は力かちかちやったけど、2回目からはちょっと力抜いてうまくいったと思います。面接が終わって、かえる会ではこんな感想が出ました。
・僕は緊張せーへんかった。
・職員の心がわかった。僕は。
・一緒。職員の心がわかった。言ってくれなわからん。
・大丈夫やった。一回目のパンジーの職員の時は緊張したけど、慣れてきた。
・ええんちゃう。してよかった。
・これからずっとがんばってもらわな困る。だんだん暑くなるけど、がんばってもらわな困る。そうだよね! だんだんめんどう見る人少なくなったら困る。パン屋さんもいなくなったら困る。寒くなっても、暑くなっても、がんばるって言ってたから、がんばってもらわな困る。
・続けていきたい。いろんなことわかって、やっていったらいいことあるし、続けていったらいい。ほったらかしされたら困るし、どないもならへん。
・やっぱし、職員の面接してよかった。

僕は「職員にもいろいろあるな〜」「メンバーのことをいろいろ考えてんな〜」と思いました。もっと聞きたかたけど、時間がありませんでした。でも「まぁ、ここまで聞けてよかったな〜」と思います。一回目やから、何を聞けばいいかわからんときもあったけど、もう一回やったら、いっぱい聞けると思います。今度からは、ゆっくりといっぱい聞きたいと思います。(うめはら)


「かえる会」の面接を受けた職員の感想

●メンバーとのかかわりや、ピープルファーストのことを聞かれ、答えるのが難しかった。面接を受けたことで当 事者が職員に何を求めているのかがわかった。これからのメンバーとの関わり方を考えさせられた。
●当事者と率直な話が持ててよかった。当事者の不安感が伝わり話すことの難しさを感じた。
●「ピープルファーストについてどう思うか」「当事者が理事長になることについてどう思うか」・・よく練られた鋭 い質問。たじたじ。結局いくつかの答えを保留してしまった。今度は原稿なしで“面接”ではなく“対話”をした いな。
●「これから何年働きますか?」という質問に「首にされない限り働きます」と答えたら、「そうではないんや。あと 何年働くんか?」とつっこまれた。当事者の人たちの意気込みを感じ気持ちが引き締まる思いだった。
●事前に職員に質問する内容が決まっていたようで、たぶん全員に同じ質問だったと思う。職員の業務につい て質問があったらよかった。良かった点は当事者の質問に答える中で自分の思いを伝えられた事だ。
●質問の意味がわからず答え方にとまどった。自分の考えや、仕事に対する姿勢を改めてことばにするのは難 しかった。目に見える形で職員と当事者の関係が逆転していておもしろかった。
●いざ面接がはじまると写真をとられてビックリ。何がはじまるんだ? と思った。
●どきどきした。みんなが一列に並んでいるのには、圧倒され、たのもしく見えた。そして少しだけさみしくなっ  た。たのもしくなることは、立場のちがいがはっきりしていることですね! 
●当事者が面接官になるのいいことだ。こちらが話したことについて、どう思うかなどもきけたらと思う。今後は 当事者が力をつけていくことで、より向き合った話ができるだろう。
●新鮮だった。当事者に囲まれて質問をうける中で、“支援者としてのあり方を問われている”と感じながら、自 分の考えや気持ちを伝えられてうれしかった。1人ひとりが役割を持って質問し、答えに対して返事を返してく れた。当事者の支援者面接を継続すれば、自信も深まり、支援者を評価する力が大きくなるだろう。
●大きな一歩になったと思う。続けるなら、きびしい質問やアドリブも加えた面接ができるようになったらいい。
●私が面接を受けたとき、一緒に働いているかえる会メンバーがいなかったので、私の考えや思いは伝えられ ても、私の働きぶりは分からなかったのではないかな? とも思った。
●ズバズバ聞かれて具体的に答えなければいけず、自分の言葉に責任を持たなければと思った。
●今回は質問が比較的やさしかったが、次回どんな質問をされるか楽しみ(こわいかな? ちょっと)。当事者 に質問されることが少ないのでよい機会だった。面接の席に支援者がいることに驚いた(1回目だからか)。 素直な気持ちで話せるよう次回は当事者のみでお願いしたい。質問内容はどこまで当事者が考えたのか?
●面接前はドキドキしていたが、みんなの温かい笑顔で安心した。質問も素直で厳しかったが、みんなが考え ていることがわかって自分もみなさんと一緒に、もっともっとがんばらなければならないと思う。
●「ピープルファーストについてどう思いますか?」と聞かれたときに、ピープルファースト自体あまりわからなく て困った。緊張もしていたが、かえる会の人たちが職員を面接するのは、すごくいいことだと思った。



「グループホームでの生活の始まり」

Tさんのグループホームでの新生活が、2月の中旬からか始まった。おきている間はあまり声も出さない人だが、グループホームで寝ているときには、けっこうな声を出している。携帯電話の電源を入れ、そのとき光るかすかな明かりで様子をうかがうと、寝息をかいでいる。何度かTさんの声で夜中に目がさめ、考える。このようなかたちで、いま内にある何かを表現しているのだなあと。普通に考えて、いろいろな葛藤や混乱をして当然だ。               パンジーが開設して10年が経過し、その中で少しずつ、親の入院や病気など、家庭の事情から生活することが難しくなり、グループホームへ入居する当事者の方も出てきている。急にグループホームの生活がはじまったときは、本人、家族、グループホームともに、ある程度の混乱のなかにある。病気や事故などは突然表面化するからだ。けれども、とにかくグループホームの生活が始まり、そして、時間の経過とともに継続され、落ち着いていく。生活を支援していくことの責任の重さを感じながらも、まあ、何とかなるだろう気持ちと共にTさんとやっていきたい。
(おおきた)



知的な障害を持つ人たちのファッション講座「おしゃれ宣言」

 2003年9月9日(火曜日)、大阪市内のドーンセンターで、知的障害を持つ人たちのファッション講座「おしゃれ宣言」を開催しました。参加者は40名で、パンジーからもたくさんの人が参加しました。美容師さん13人をはじめ、カメラマン、舞台監督、ジャズ演奏者など、たくさんの人がボランティアで参加してくれました。
 朝10時30分からファッション講座を受講しました。ファッションの勉強をした後、ショーの立ち方や歩き方を学びました。そして、美容師さんたちがヘアメイクとファッションコーディネイトをしてくれました。
 午後4時、いよいよファッションショーの開催です。張りだし舞台に照明を浴びて1人ひとりがステージを堂々と歩き、得意のポーズを決めました。全員がほんとうに輝いていました。
 その後はパーティをしました。ジャズ演奏を聴きながらとても盛り上がりました。
 東大阪市のケーブルテレビが講座の模様を放映しました、また産経新聞や東大阪市政だよりにも紹介されました。
 浪花酒造株式会社、株式会社ナニワ商会、株式会社オークボから、お酒や機材、スタイリング剤の提供をいただきました。
 ほんとうに多くの方々のご協力で開催することができました。ありがとうございました。

<参加者の感想>
当事者から
★けしょうしてあるいてまわっているのがたのしかったです。
★またファッションショーをしたい。
★はじめてこのファッションショーに参加して、すごく感動しました。プロのヘアメイクや化粧、写真がよかったです。

美容師さん、スタッフの感想
★モデルさんたちのそれぞれが、いろんな障害を持っているにもかかわらず、気持ちよく応じてくれたことや、中には何度も「ありがとう」と言ってくれる方もいて、胸がいっぱいになりました。また機会があれば参加させていただきたいです。
★すごく新しい展開だと思う。当事者のパフォーマンスのひとつひとつに感動しました。
★これだけの関係者を集められたこともすごいと思う。
★みんなの笑顔で元気をもらい暖かい気持ちで帰れた。しばらくは本当に毎日笑顔で過ごせた。店のスタッフが「先生、しんどかったけど、疲れてないよね。あの笑顔のおかげで」と言ってくれたことも、私自身とってもうれしかった。また機会があれば声をかけてください。

見ていた人の感想
★モデルの方がポーズをとっている姿がかわいかったし、生き生きしていてよかったです。知的障害を持つ人のファッションショーとは、どんなものかと興味が強くて入場させてもらいました。モデルの方もすてきでしたが、会場を作ってらっしゃる方々も協力して、みんなで作ったショーだということが伝わってきました。
★ヘアメイクとファッションでこんなに変わるなんて驚きでした。みなさんとても輝いていました。
★ファッションショーに出てきた私のたくさんの友達が、いつもとまったくちがうふくそうや、ヘアスタイルをしていてまるで別人に見えました。私もファッションショーに出たいと思います。そして、みんなをびっくりさせたいと思います。また、ファッションショーをしてください。今度はモデルとして参加したいと思いますので、よろしくお願いします。



就労支援のもくろみ
 
昨年10月、N社(ビン、缶、ペットボトルの分別処理をしているリサイクル会社)でKさんが実習をしました。この会社では、知的障害を持つ人が数人雇用されており、障害者も健常者も同じ賃金で働き、1人ひとりが自分の持ち場に責任を持って働いています。朝礼では順番に司会役を務め、ぶんべつの仕事もローテーションで受け持ちます。所長さんをはじめとして従業員のみなさんは人に対する優しさと仕事に対する厳しさの両面から障害を持つ人に接しているように思います。
Kさんは緊張や不安があると大声を出したり、独語を発する自閉症の方です。作業面では、理解力でもスピードでも十分に一般の職場で働ける方ですが、これまでチャンスがなく、初めて実習にチャレンジすることになりました。職業センターで職業評価・相談を受け、ジョブコーチ制度を使って進めることにしました。
 自転車で30分の距離を始業時間までに通うこと、大声を出さずに朝礼に参加すること、ビンの選別ラインでは投げ入れ口に思い切り投げずにゆっくりと入れることなど、乗り越えなければならない課題が次々と出てきました。通勤では、支援者がいないと(実は隠れてついていくのですが)行き方がその日によってばらばらで、8:30までに到着できません。コースを確定するために電柱に目印のシールを張ったり、時計のアラームを5分前に鳴るようにしたりと、支援者も試行錯誤の連続でした。最終的には好きなコースで行っても時間通りに到着できるようになりました。朝礼での大声もずいぶん少なくなりました。でも、当初から予想できたことですが、時間が空いたときにすることが分からなかったり、ビンを思い切り投げ入れることが好きだったり、独語がずっと続くことなどはなかなか改善できませんでした。2か月のジョブコーチ支援の後、1か月トライアル雇用まで行ったのですが、就職への壁は高かったです。
パンジーとはまったく違った環境の中、3ヶ月間がんばりぬいたKさんの努力を想うと就職できたら・・・と残念でなりませんでした。しかし、これにめげずKさんのチャレンジを無駄にしないよう、就労に向けたアプローチを一緒に考えていきたいです。    (ずし)




不眠体験
中新井 澪子

 「眠ること、休むこと」を書き始めてもう何回目になるのだろう。途中寄り道をしながらも、私はずっとそのことを考えていたところ、世の中の関心が急に「居眠り」に集まるようになり、「睡眠」についての知見も発信されるようになった。新幹線の居眠り運転のおかげである。たるんでいる証拠といわれてきた朝寝坊や居眠りが、夜間の睡眠障害による病的眠気である場合もあることが広く知られるようになった。それでもやはり、「will not−目覚める気がない」なのか、「can not−目覚めることができない」なのかの区分けは単純ではなく、眠気や不眠のメカニズムもナゾだらけだそうだ。「睡眠を診るということはその人の人生を診ることにつながる」というある睡眠専門医(こういう医師がいることも今回の報道で初めて知った)の言葉に、パンジーのメンバー達の顔がうかんだ。
 「寝つきがわるい」「眠りが浅くてすぐ目が覚める」「朝方になってやっと眠る」「夜中に起きて大声を出す」「早朝起きて新聞がまだだと怒る」「昼夜逆転」「三〜四日周期で睡眠と覚醒をくりかえす」などいろいろあるが、問題なのは夜だけでなく日中の生活の質を左右してしまうことだ。
 夜ほとんど寝ていない場合でも、パンジーに来て昼寝や居眠りのできる人はまだいい。朦朧とした状態の中で奇声、多動、こだわりがひどくなると、本人も苦しむし周りの人も困惑する。また、睡眠障害が続くと、家族の睡眠を妨げたり、イライラさせたりで、家族関係も険悪になってしまう。
 しかし、日本ではまだ数少ない睡眠の専門医を頼ったとしても、そう簡単には解決しないようだ。不眠による障害が強くて時間をかけて睡眠の改善に取り組めない時は、睡眠導入剤を肯定的に服用して、まず眠ることに自信をもつことが先決とのこと。また、夜中に多動やこだわりが出る時は、家族だけが辛抱するのではなく、ショートステイなど利用して環境を変えてみることで、また見えてくるものもあるのではないか。
 今年の冬、生来不眠とは無縁だった私が夜中に目覚めて朝まで一睡もできないという体験をした。次の日も全く眠くならない。あわててかかりつけ医に相談すると、何でもないことのように入眠剤を処方されて、またまた驚いた。突然の睡眠障害に対する私の不安は解消されないまま、生れて初めて睡眠薬の世話になったのである。その後2回同じようなことになり、その状況証拠から原因を特定したが、この不眠体験は多くのことを教えてくれた。参考になったことを文末に記すが、夜中に何もすることがなく起きているのは身のおきどころがなくつらいものだと実感できたことが大きい。
一般的な睡眠障害への対応
・まず朝はっきりと目覚める。(朝の光を浴びる。シャワーをする。朝食をきっちり食べる)
・昼間、明るいところでよく活動する
・昼食後の短いうたた寝は効果的
・夕食も決まった時間にしっかり食べる
・起床後14時間(脳内に睡眠ホルモンが出はじめる)以降は照明を暗くして
、ゆったり好きなことをし て過ごす
・その2時間後位が最も寝付きやすい時間なので、入浴や運動、コ
 ーヒーやお酒、刺激のつよいTVやゲームなど脳を興奮させるものの時間をうまく調節する
 
posted by パンジー at 15:18 | パンジーだより

2003-01-19

パンジーだよりNo.50

かえる会より「職員や介護者はなぁ!」

 かえる会で、職員や介護者のことについて話し合った。グループホームの介護者に対しての意見がたくさん出た。最近、新しいグループホームができたりして新人が多い。
「新しい人は、(当事者との)関わり方を知らんのや」。
「よーく調べて面接しなあかん」。
「新しい人が来て必死やねん。新しい人に一から教えるのは、簡単に言うけど、けっこうしんどいねん(怒)」。
「介護者がコロコロ変わると忙しい」などの意見が出た。
 ある人が「介護者かって人間やから、ちょっとぐらい悪かってもいいと思う」と言うと、すかさず梅原さん「やっぱし、あかん。あかんと思うで。僕は絶対、介護者はしっかりしなあかんと思う。仕事やろ? しっかりしてほしいと思う。しっかりしなあかん。それが仕事ちゃうの。ほんまに…」と熱弁。
 
「自分の気持ちを言葉で表現することが難しい人の気持ちを考えるときは、どうしたらいいんだろう?」という支援者からの問いに対して、「近くにいるほかの職員が見ていればいい」という意見が出たが、その後の話し合いの中で、「リーダーの仕事は、なかまの気持ちを考えて代わりに言うこと」だと再確認し、よりいっそう、たくましくなったみなさんでした。                          (書記 山田)




スウェーデンに学ぶ−当事者主体と自己決定−

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 2002年11月、スウェーデンの「グルンデン協会」で働いているトミーさんとアンデシュさんが大阪にやってきました。
 グルンデン協会は、知的障害者向けの新聞やビデオなどの情報を発信したり、喫茶店を経営したり、さまざまな活動を通して障害者の地域生活を支援しています。トミーさんは当事者で、グルンデンで用務員のような仕事をしているそうです。彼女の写真や、10か月になる息子の写真を見
せてくれました。
 支援者のアンデシュさんはグルンデン協会の施設長でしたが、その仕事を当事者に引き継いでいるそうです。「来年の9月には私は仕事を失うでしょう」と言っていました。彼らはの話を一部紹介します。(詳しく知りたい方は、冊子を発行するので、そちらをご覧ください)。
「グルンデンでは理事会ですべてを決定します。グルンデン協会の理事会は、今年から当事者だけになりました。それまで理事会の当事者は、仕事が多く忙しすぎるので、支援者が入ったほうがいいと考えていました。
 しかし、当事者はグルンデン協会が何をしていくかについて、支援者たちが決めていると言いだしました。どういう議題について話をしなければいけないかをスタッフに課されているような、展望やこれから進んでいく道を彼らに見つけさせられているような状況だと感じ始めたのです。
 そして、私たちが日本に来る直前に、理事会の4名の理事たちが当事者だけでミーティングを開き、支援者は会議に入れないと決めました。実際に私たちが日本に来る直前に開いたミーティングの参加者は、理事会の4名の当事者と、グルンデンメディアの当事者たちだけでした」。
 グルンデン協会の当事者は確実に力をつけているのだと感じました。トミーは言います。「やさしい支援者は、当事者自身が望んでいることを表現してくれる人です。映画に行く、レストランに行くことを共有してくれます。悪い支援者は、当事者が何に興味を持つべきかを支援者自身が決めてしまう人です。私を障害者として捉え、気持ちを考えない人が悪い支援者です。悪い支援者は当事者の中に入ってきて、私たちを感情的に傷つけます。ハンディキャップを持っている人たちの自信をくじき、傷つけるのです。
 もし、いい支援者に出会ったら、もっともっと楽しくなります。彼らは心をもって話してくれ、心をもって話を聞いてくれるからです。いい支援者がそばにいてくれると、僕自身がもっと強い人間になれるような気がします」。
 現在、社会福祉法人創思苑では2人の当事者が評議員になっています。これから当事者主体をもっと進めていきたい。その方が楽しいことを確信しました。 




緊急提言!入所施設はホントにいるの? パート2


 11月23日、宮城県福祉事業団の船形コロニーの理事長が、「施設を解体する」と発表した。日本初の入所施設解体宣言。その後も「新障害者プランには入所施設の数値目標を盛り込まない」という政府の見解が新聞に載り、なんとか増え続ける入所施設に歯止めがきくことになるのかな、と思う。しかしまだまだ油断できない。厚生労働省は「入所施設を作らないとは言ってない」などと往生際の悪いコメントをしている。11月23日はピープルファースト大会in熊本が開催された日でもあり、その全体会で講演をした厚生労働省の専門官は、ピープルファースト東京の尾登さんの「入所施設でひどいめにあった。あんなものはなくしてほしい!」という発言に「それは私たち(厚生労働省)が決めることではない。施設の経営者や皆さんがもっと話し合ってください」と、はぐらかした。9月のピープルファーストと厚生労働省との折衝でも障害福祉課長は「親は作れといっている。本当にまずいのは(施設の存在ではなく)不透明なところ」、「立派な施設に見学に行ってみれば?そんな良い施設でもいらないのか」と発言した。ピープルファーストは「入所施設そのものが人権侵害。改善でなく解体を」と訴えているのに・・・。
いくら立派な建物でも集団生活は集団生活。規則があり、閉鎖的なため虐待や人権侵害を招く環境がある。入所施設には専門性があるから安心と思われているが、人手不足を理由に、支援者にとって本当に大切な、当事者の話をちゃんと聴くことや希望を実現する支援をすることなく、職員はいかに効率よく入所者に関わるか、いかにしたいことをあきらめさせるかに、力を使わなければならない。「良い施設」ならいいじゃないかと言うが、支援者の数が充分で、当事者の意向に添った支援をしていくのなら、何十人もの人を一カ所に集めて生活させるような箱モノは必要ない。それでもあなたは入所施設はホントにいると思いますか?




三枚のお札
中新井澪子

 私の出勤日である月曜日は行事の代休になったり、祝日だったりで、休みになることが多い。特に今年の秋はそんな日が続いた。
 一ヶ月もごぶさたをすると、その間にいろいろなことがおきている。
 なんてったってKさん。就労に向けての職場実習でがんばっているという。自転車通勤だそうだが、支援者が追いつけないなんていかにも彼らしい。私がパンジーに来て最初に相談を受けたのが彼で、なかなかじっと座っていられなかったことを思い出しながら、彼の仕事ぶりを想像する。とってもうれしい。
 初めての発作のおきたTさん。主治医は専門外ということで療育センターは18歳以上ということで、市民病院はじっとしていないということで、診察や検査を断られたとの事。結局奈良まで行った話を聞くと、20数年前とあまり変わらない状況に腹が立ってくる。
 1ヶ月という時間は、新しいメンバーのMさんにも大きな変化をもたらした。10月に初めて会ったときはまだパンジーになじめず、1人で帰ろうと脱出を試みては、それを阻止するスタッフを蹴ったり、頭つきをしたり、暴言をはいたりして抵抗していた。彼の見かけの温和しさやゆっくりとした動きと抵抗の際の心的エネルギーのギャップに皆とまどっていたのである。
 そんなMさんも、すっかり落ち着いて作業にも加わっている。彼にとっては大変な一ヶ月だったろうなと思いながら一緒に仕事をしていると、ポツリポツリと話が始まった。ゆったりとしたテンポで一音一音に時間をかけながら語る彼の話をまとめると次のようになる。
「お寺のお尚さんから3枚のお札をもらった。オニババが追っかけてくるので、1つ目のお札を投げるとドカーンと大きな山ができた。2つ目のお札はザブーンと大きな川が流れた。オニババはそれでも追っかけてくる。3つ目のお札を投げるとオニババは小さくなった」
 おそらく、Mさんが以前に聞いたことのある昔話なのだろう。私が相づちをうったり、復唱したりしながら聞いていくと、彼は話をいきつ戻りつしながら小1時間かけて話してくれた。「山」や「川」や「オニババ」は何回もくりかえし出てくるのに、お札を投げている主人公は最後まで登場しない。「お尚さんからお札をもらったのは誰?」と聞くと、「小僧さん」が出てきた。3枚目のお札についても、私からの質問でやっと思い出したようだった。
 現実生活ではなかなかうまく適応できない彼だが、お話の世界では力強く動いている。まだはっきりと見えていない主人公が、いつか大きく育って、自らオニババ(現実の困難)と対決する日がきっとやってくることだろう。昔話(彼の持参する本に『やまたのおろち』と『こぶとりじいさん』があった)の中でそれを確かめていきたい。それにしても、オニババとの対決は山や川で防ぐのではなく、オニババが小さくなる(自分が大きくなる)ことであるという結末は実に象徴的であった。




東大阪市長への手紙
「東大阪市でこんなことがあるなんて、信じられない」

はっしんきち「ザ☆ハート」

 私たち、ザ☆ハートは、それまでパンジーに通っていた人や、在宅の人が 集まって、今年の4月に、荒本に事務所を作りました。主に、ピープルファ ーストの運動をしています。詳しいことは、ザ☆ハートのパンフレットと福祉労働の文章を参考にしてください。
 さて、最近、大変な話を聞きました。11月14日に、春宮の公園の近くの空き地で、車から降りようとする知的障害者に、職員らしい女性が2回びんたをして、ヘッドロックのような格好で車に乗せたそうです。再び、降りようとするのを今度は押したおし、引きずって車に乗せて、ドアの鍵を閉めその人はタバコを吸っていたようです。
 私たちはその話を聞いたとき、本当に腹が立ちました。「東大阪でこんなことがあるなんて、信じられない」「ひどい話だ」「自分がそんな目にあったら、嫌だ。逃げたくなる」「かわいそう」「暴力をふるわれても、怖いからしかえせない」などと思いました。知的障害者への人権侵害や虐待は、よく新聞にのります。しかし、こんな事はあってはいけないことです。
 どこの作業所や施設かということは、わかっていません。そこで、ザ☆ハートでは、この事件について話し合い、東大阪市すべての施設や作業所の代表に、手紙を書くことにしました。こんな事を、二度と繰り返さないでください。そして、知的障害者の人権を尊重するよう、職員を指導してください
 私たちは、障害者である前に一人の人間です。一人の人間としてつきあってください。たとえ間違ったことをしても、大きな声で叱ったり、暴力をふるわないでください。場所を考えて、ゆっくり話してくれたら私たちにもわかります。
 また、私たちの仲間には、これまでの生活の中で、虐待を受けても、自分が悪いと思ったり、相談する人がいない人もたくさんいます。
 ザ☆ハートは、当事者の人たちの人権を守る場所にしていきたいと思っています。そして、東大阪を誰もが住みやすい町にしていきたいと思っています。ご意見をお聞かせ下さい。
(この手紙は、東大阪市障害福祉部長・各施設長・各作業所代表にも送りました)





パン屋の報告

 寒い日が続きますが、みなさま、風邪など引いてないでしょうか?パンジーの当事者にも、風邪でお休みする人がチラホラ…。今年は風邪が大流行みたいです。
 さて、そんな中、パン屋はいそがしい毎日です。でもそんないそがしいパン屋も、無事に一年を終えることができ、新しい年を迎えることができました。ありがとうございました。今年も地域に根付いたパン屋を目指して、どんどん配達、販売に行きたいと思っていますので、注文をよろしくお願いします。でも少しはゆったりペースを楽しもうかな?
ところで、最近、毎日ではないのですが、パンジーの前に看板を置いて、販売しています。実際に買いに来てくれる人はショップと比べものにならないぐらい少ないですが(ライバル店とは思われなくていいのですが)、このようなことで、地域にパンジーを知ってもらうことにつながればうれしいなと思っています。販売や配達で出会う、特に小さな子どもたちとのふれあいはとてもお互いに大切なように思っていて、同じようなことがパンジーの中でも感じられたらいいな。販売や配達でこちらから出ていくことがとても大切なように、パンジーに地域の人が遊びに来てくれることも今年は大切にしていきたいと思っています。     (ゆきめ)




〜グループホーム「春宮」新しくスタートしました・・・・!〜
  この10月より新しく7つ目のグループホーム「春宮」がスタートしました。入居して早2ヶ月が経ちましたが、当初はそれぞれ新しい環境にわくわく、そわそわ、ちょっぴり落ち着かない日もありしましたが、現在は徐々に慣れ始めてきています。
  グループホーム「青空」から移ってきたNさん、グループホームの移動により生じた生活保護申請のやり直しというアクシデントにも動じず、新しく入った介護者に色々と介護の仕方を伝えたりと頼もしい一面を見せてくれています。同じく「青空」から新しく移ったUさんは、現在の職場が近くになり、よりゆったりした生活ができているようです。目下、散髪屋、酒屋等、お気に入りの行きつけ予定のお店を探してグループホーム周辺を探索中・・・とのことです。
  入居者それぞれが、この「春宮」の地に溶け込む日も、もうそこまで来ています。                            (やまもと)




就労支援のページ
富田さん就職おめでとう!

 2002年10月、冨田さんが特別養護老人ホーム「アーバンケア島之内」に就職しました。仕事内容はおむつのセッティングで、月曜から金曜の午後1〜5時までです。1ヶ月の実習を経て無事に就職できました。『アーバンケア島之内』は、昨年5月急逝した栗岡さんが就職していた所です。今回の冨田さん受け入れに対しても快くお引き受け下さり、本当に感謝しています。
「9袋したよ」「昨日、また泣いてしもてん」などいろいろな話をしてくれます。また、「○○さん(支援者の名前)、見に来てや」と照れながら嬉しそうに言うのを見ると、毎日がんばって働いている実感が伝わってきます。
年末に忘年会がありました。支援者は遠慮した方が職場の人間関係も深まると考えていたのですが、私にもお声をかけていただいたこともあり、冨田さんと一緒に参加しました。そこで何より嬉しかったのは、カラオケタイムで冨田さんがみんなの前で「大きな古時計」を歌い、みなさんが暖かい眼差しと拍手で応えてくれたことでした。
これまでパンジーで行ってきた講演会活動、ピア・カウンセリング、ピープルファースト活動…このような取り組みの中から自信をつけ、チャレンジする勇気を持ち、就職という機会を得て大きく羽ばたいていく冨田さん。次は誰の紹介をできるか、みなさん楽しみにして下さい。(豆子)
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どらえもん会のページ
クリスマス会のこと

・ビールがおいしかった。さいごのおどりがたのしかった。
「ぎせいしゃは だれだ ゲーム」のえんぎが じょうずに できた。
(あおやま)
・おもしろかった。ぎせいしゃは だれだゲーム で あおじる あたったけど、
プレゼント(さんかしょう)もらえて よかった。
(こまつばら)
・ハマチの おすし おいしかった。
うた、うたったり、きいたりが たのしかった。
(にしだ)
・クリスマス・イブとか、しっている きょくも あった。田辺さんの サックスが いちばん よかった。
また らいねんも やりたい。
(おかもと)
・たのしかった。サックス みんなに きいてもらって うれしかった。おりょうりは おいしかった。
(たなべ)
・たのしかっったぁー。おりょうりは おいしかった。しかいをしたのは きんちょうしたけど たのしかった。
(かわの)
・プレゼント おおきなのを もらって よかった。
クリスマスかいの プログラムを つくった。
(ながた)
・クリスマスかい、たのしかった。
(くぼ)
・ジュースが おいしかった。うたも できて よかった。
(みぞばた)
・ケーキ おいしかった。
プレゼントは タオルを もらいました。おおきいタオル バスタオル。
フライドチキンはおいしかった。えびずしを たべました。
(やまもと ゆうすけ)
posted by パンジー at 00:00 | パンジーだより

2002-11-10

パンジーだよりNo.49

「乗車拒否」事件

 2002年8月上旬、はっしんきち「ザ☆ハート」の西尾健一さんが、 ある事件に巻き込まれました。 4月からザ☆ハートで働くことになってから、毎日の通勤に使っている近鉄バスで事件は起こりました。 仕事を終え、 いつも通りに近鉄バスに乗り込み、座席に座ったところ、運転手が近づいてきて、 「今度から車椅子用のバスに乗ってもらえますか?」 と言うのです。一体どういうことだろうと、西尾さんと介護者がたずねてみると、 「車椅子の人が(リフト付きではない) このバスに乗るのは危険」「次にリフト付きのバスが来るので、それに乗ってほしい」 「これからは時間を調べて、 そのバスに合わせて乗ってほしい」「このバスだと車椅子の人が乗るのに時間がかかる」 「急いでいる他のお客もいる」とのこと。 疑問と怒りを募らせた2人が、「乗車拒否されているのですか」 「近鉄バスでリフト付きバスを走らせているのは車椅子の人はそちらに乗ってくださいという意味なのですか」と反論しましたが、 納得できる答えは返ってきませんでした。

 氓フ日に近鉄バスの本社に出向いての抗議、また午後からは責任者が謝罪に来ましたが、 その時の対応も西尾さんが納得できるものではありませんでした。
 2度目の抗議文をFAXしたところ、責任者と運転手が再度謝罪に来ました。その時の彼らの言葉には、 私たちの言い分を理解されていると感じるものがありましたが、私が心を動かされたのは西尾さんが彼らに向けた言葉でした。「(障害者を) 家に閉じこめている家庭と、施設に入れる家庭もあったりするから、バスとか電車がしっかりしてもらわな困ります」
 西尾さんは、いつものTシャツなどのラフなスタイルからシャツにネクタイと、気合を入れて話し合いに臨みました。 いつもよりタバコやコーヒーの回数が増え、隣にいて緊張にしているのが分かったのですが、しっかりした物言いに加え、自分のことだけでなく、 なかまのことも考えて意見を言う西尾さんを、私は頼もしく、また誇らしくも感じました。
 ザ☆ハートは始まったばかりですが、今回の事件は、ザ☆ハートがピープルファースト事務所としてやっていく中で、 大きな一歩になるのではないかと思います。                                                                                                        

   (支援者 福岡)

 


 

時間をかけて厚生労働省と話していかなあかん

ピープルファースト大阪 生田進・梅原義教・宮田隆志・山田浩  

 9月30日、全国のピープルファーストの当事者と支援者約30人が集まり、 厚生労働省と話し合いをした。

 北海道の土本さんが司会をした。予定どおり松岡さんが話したところで、障害福祉課の郡司(ぐんじ) 課長がしゃべりはじめた。 早口で、むずかしい言葉がいっぱいで、よく分からない。こっちは順番を決めて、 話したいことを話し合ってきたのに先先進めてしまう。 静岡の石田さんが「分かるようにいってください」と言ったら、 ムキになって言い返してきた。課長は 「私も入所施設は作らないほうがいいと思っている」と言ったけど、 言ってることはむちゃくちゃやった。

★「AIGOとピープルファーストが合体して、入所施設をみていけばいい」
 
なんでや!? 頭にきた。AIGOって施設長の集まりや。 施設長に当事者の考えていることがわかるはずがない。ぜんぜんわかってない。でも、緊張してて何も言えんかった。(梅原)

★「全国で6000人の待機者がいるから、来年から一つも作らないわけには行かない」
 
地域にサービスがあったら、みんな地域で住めるのに。施設に入ってしまったら、 出るのがむずかしくなる。 作らないほうがいい。★「親がたてろっていうからつくる」って言うけど、 親は関係ない。 住むのはだれやと思ってるんや。(宮田)

★「地域生活するための予算はたてている。都道府県がやろうとしないだけだ。 グループホームを作れとかは各都道府県に言いなさい」
 
毎年、ちゃんと大阪府に交渉で言ってる。でもなかなか増えへんし、お金も回さへん。厚生労働省が、 もっといっぱい言っていかなあかんのんちゃうん。★「国は予算たてるだけで、能力がない」って、 厚生労働省の人が自分で言った。あんまりやで。なさけない。(山田)

★「スウェーデンでは入所施設をなくして失敗してるから、マネをしないと決めた」
 
スウェーデンのように入所施設をなくせって言ったら、こんなこと言ってきた。 ほんまに知ってるんかいな。 こっちはちゃんとスウェーデンに行って見てきた。日本にはない、 うらやましいグループホームばっかりやったと言った。 スウェーデンの当事者はあんないい家すんでんのに。
★「神戸にの入所施設をこの前見てきた。すごくよかった。あんな施設もたてたらダメなんですか」。 そんなん、おれ見てへんから知らんわ。どんないい施設でもごめんや。(生田)

 終わって部屋を出たときは気分悪かった。最後に課長はこんなことも言っていた。「みんな、 がんばってね」。生田さんが 「わしらはもちろんがんばるけど、あんたらもがんばってや」と言い返した。こっちは、 言われんでもがんばってる。よけいなお世話や。 時間をかけて、厚生労働省と話していかなあかん。 そうしないとぜんぜんよくなれへんから。あ〜、しかし、腹がたつ。

 

 


 

緊急提言!

入所施設はホントにいるの?

   ここにあるのは、100枚の紙です。そのうち85枚が 「出たい」とあります。さて、 これは何でしょう? 現在入所施設に入所している知的障害者は、全国に約10万人です。 1000人を一枚の紙としたら、 100枚の紙になります。そして、85%の人が「入所施設から出たい」と思っています。
 一方で入所施設を希望している人(本人? 親?)は、全国で6000人と厚生労働省は言っています。紙で表すと6枚になります。 6000人のために、厚生労働省は入所施設を新しく作ろうとしています。

  かえる会では、 この100枚と6枚の紙を実際に並べて話し合いました。
 毎年1万人(10枚)の人たちが入所施設から出て地域で生活をするようになったら、10年で入所施設はなくなります。 定員50人の入所施設だと、毎年5人が地域生活をはじめる計算です。6000人が入所したとしても、 毎年1万人が地域生活に移行するなら、 新しい入所施設はいりません。とっても簡単な計算です。現在、立てられている障害者プランに、 こんな具体的な数字を入れさせたい!
  かえる会の人たちは、この話がとてもわかりやすかったそうです。入所施設を絶対に作らせへん! と盛り上がりました。 今後、 大阪市が新しく3つの入所施設を建設する予定だと聞いています。なんとしても作らせたくない。ぜひ、 当事者の人たちと100枚の紙を並べて見てください。

 


 

 2002年 対大阪府交渉報告

 7月30日(火)、8月2日(金)、 日赤会館において2002年対大阪府交渉がありました。 合計で約10時間に及ぶ交渉に大阪府下から約450人が参加しました。 (パンジーは、 要望を大阪府に伝える重要な場と位置づけ、毎年必ず参加しています)

 <介護の要求> 来年度の支援費制度に移行するにあたって、 現行の大阪府の独自事業などが、 うやむやのうちに廃止されたり、 制度の引き下げがなされないかについて重点的に話しました。具体的には、現在、 大阪府ではガイドヘルパーの自己負担金は本人所得に基づいています。それがホームヘルパー同様、 家族の所得に基づき徴収されるようになったり、支援費に移行することで制度が使えなくなったり、、 現行の水準を下回るようなことのないよう確認しました。(このことは介護のみならず他の全てのことに関しても同様です)

 <グループホームの要求> 今年度は大阪府の経済的困窮を理由にして、 障害者の地域移行を促進するべき自活訓練事業が廃止されました。 さらに大阪府独自のグループホームバックアップ機能強化費が廃止されるのかなど、予断を許さない状況です。 パンジーでもグループホームを7つ運営しているので、そのことが利用者の生活に深刻な打撃を与えかねないこともふまえ、 今後の大阪府の動向に注意をむけていかなくてはなりません。

 <施設> 大阪府と私たちとの考え方の違いが明らかになりました。大阪府は、入所施設は利用者 (家族?)がもっとも安心して暮らせる場所だと認識をしていました。しかし、私たちには、極端なはなし、入所施設は人権侵害、差別、 虐待の場になりがちとの認識をもっています。わたしたちが何年も大阪府に対して施設の問題点を訴え続けていたにもかかわらず、 今年に入って知的障害者に対する数件の虐待、人権侵害事件が明るみにでています。 それが府立の入所施設でおこったとなると、よくもまあ 「施設は利用者がもっとも安心して暮らせる場所」 と言えたもんだとあきれてしまいます。ただ、大阪府に対して施設の解体を訴えたところで、 家族から施設への (幻想にも似た)希望はあり続けるわけで、施設に変わるものをもっと広く、 それこそ個人レベルでひろめていかなければいけないとも感じています。

 他にも、教育では定時制高校での、知的障害児の定員内不合格問題。就労の要求では、 「養護学校は、 就労に関するノウハウがあるので」といった地域の支援センター、授産施設等を無視した発言も飛び出し、 皆でおおいに怒り、抗議しました。

 来年度も再来年もずっと続くであろうこの交渉で、パンジーのみんな(支援者、家族、 ヘルパーを含む)が他人まかせでなく、 自分の言葉で問題を投げかけることの重要性を感じたうえで、 参加できるとよいなと感じます。                                                                                                          (よし)

posted by パンジー at 02:06 | パンジーだより

1993-08-09

パンジーだよりNo.2

またたく間の4カ月。6月はピープルファーストの世界会議に参加するメンバーの一人であるN君が、カナダへの期待と不安のためか、 パニックにおちいってしまいました。「こんな状態でいけるのだろうか」というみんなの心配をよそに悪態のかずかず。夜の介護の時など、 今はしんどい時なのだからと理性でわかっていても、思わず涙を流したり、ソファーを思いきり蹴っていた新しい職員達。長い長い1カ月でした。 それでも出発の2〜3日前には落ちつきをとり戻し始め、無事出発する事ができました。ほんの2カ月ほどのつきあいで、 ここまで支えきった新しい職員達に拍手を送りたいと思います。そして、N君の状態をあるがままに認め、 毎晩つきあったグループホームのメンバー達や、日中、手薄になりがちな作業をになってくれたメンバー達に頭のさがる思いです。
 こんな波乱万丈の日々をくぐりぬけ、7月3日には7人のガイドヘルパーの人達と、長居の身障センターへいってきました。 駅で出会ってお互いに自己紹介をして、それぞれに出発。各々の好みでの遊びや食事。メンバー達の仕事の時とは違うなごやかな顔を見るのは、 心ときめくものがありました。後の「おつかれ会」で話された内容のなかで、障害者問題について学ぶ(知的学習)だけでは不十分だということ、 体験を通してそれがどういうものであるかを学ぶ事が、より多く障害者について理解する事であり、 また自らの成長につながっていくのだということを、強く確信しました。今回のガイドヘルパーとして関わって下さった人達、 そしてこれから関わって下さる人達、ガイドヘルプ活動を通してお互いに成長していきたいと思っています。
これからもよろしく! 


 

各部門より紹介

  ■■ パン屋の窓からこんにちは ■■    〜メロンパン奮戦記〜
 焼き上がったパンを車に乗せて、新しいメンバーたちとも配達に行くようになってから、はや2ヶ月。 みんなやっぱり外に出て行くのが好きで席の取り合いになることもしばしば。真っ白だった帽子も汚れが目立つようになり、 パンやクッキーを作る真剣な姿や配達中の笑顔を見ていると、もうすっかりパン屋さんだなぁという気がします。BUT! そんなメンバーたちのはりきりとはうらはらに、我がパンジーのメロンパンは、 ふっくらと焼けてオーブンから出すと時間とともにぺしゃんこになっていく…あぁ悲しや、という日々。 なんとかお客さんの口にふっくらとおいしいメロンパンをお届けしたいと、パン屋一同日々メロンパンに愛情を傾けて研究しています。 どうかこれからもよろしくお願いいたします!
                                                          (にっしゃん)

前回に続きまして、軽作業部門の報告です。6月中旬ぐらいから、以前からやっていた、 洗濯ばさみのちょっと変化したものをやっています。これは、やりやすい事や単価がいいなど、何かとメリットのある軽作業です。しかし、 喜んでいたのもつかの間で、今の暑いシーズンは、売れ行きが悪いらしく、製品ができても納品はストップをうけているのが、現状です。 もうすっかり洗濯ばさみの工程の流れをつかんでるみんなに、「ゆっくり作ってほしい」と無理な注文をし、ローペースでやっています。けれど、 だんだん材料がなくなっていくのを見て、心配する人も出てきているので、新しい作業も探しあたっている所です。しかし、この不況の時代に、 作業を探すというのは難しいと実感しながらも、次はどんな作業ができるのだろうと期待しています。              (おがわ)

厨房
パンジーが動き始めてもう3カ月あまり。パンジーのみんなは、毎日毎日変わり続けています。みんなの変化、一人一人それぞれ違って個性的で、 毎日楽しませてもらっています。4月の初めの頃には、誰一人として入ってこなかった厨房の中を、今ではいろんな人が厨房に入ってきては、 手伝ってくれたり、なかにはつまみぐいをしたり・・・。厨房の中も4月にくらべてみれば毎日毎日変化し続けて、 日に日ににぎやかになっていきます。こんなにみんなが変化し続けているのに、私の料理技術はまったく成長しません。おかげで、 みんなにも河野さんにも迷惑のかけっぱなしなのです。一日も早く、役立つ調理員になるようがんばらないと・・・

 


 

      ***     新人研修に参加して  ***

  クリエイテイブハウスパンジーのオープンと同時に就職した私達新人職員5名と旧パンジーの職員2名の計7名は、 4月から毎月土曜日の午時2時から5時まで南巽の「ゆうゆう」で月1回の研修を受けています。4月、 5月はパンジーの嘱託医でもある川端Drによる「てんかんについて」でした。医学用語、 専門用語に混ざって飛び出す現実的で身につまされる話に、てんかん症状を有する娘をもつ身として緊張しながらも勉強になりました。 3回目の6月は大阪府精更相の職員で、辰野さんの「大阪府精更相の現状と業務の内容」の説明でした。療育手帳のランク判定基準の矛盾点と、 判定結果が当事者に必ずしも正確に知らされていないとか、手帳保持者と行政とを結ぶ情報伝達の現状に大きな疑問を感じました。 手帳保持者自身が行政のあり方を知り、具体的行動をする事はかなり無理があると思います。 保護者のいなくなった障害者が権利を行使しやすいシステム(例えば親身になって考えてくれるケースワーカーとか後見人の様な) が絶対必要だと痛感しました。これからもいろいろなテーマで研修が続けられる事と思います。若い人達に混ざって新しい知識を吸収し、 いつもフレッシュな気持ちを持ちたいと思っています。                                                 (河野)

 


 

         パンジーメンバー紹介

岩田 奈緒(いわた なお)
 こんにちわ。岩田奈緒といいます。
 パンジーへ来てまだ少ししかたってないけれど、だんだんパンジーの建物の中の様子がわかってきました。 これからももっと友達を増やしていきたいと思います。よろしくお願いします。

河野 陽子(かわの ようこ)
 ことし20才になりました。今度のせんきょからとうひょうできます。私はいつもだまって考えるのがすきです。今考えていることは、 早くお母さんからはなれてヘルパーさんとくらしたい。おしごともすきだけど、もっともっといろんなことがしたいです。 ときどきおしゃれをするのもすきです。

北川 勝哉(きたがわ まさや)
 こんにちわ、北川勝哉です。僕はよく野畑君と一緒に買い物へ行きます。僕はコーヒーが好きです。それと一番の得意なことは、 いろいろな外国の歌を鼻歌で歌うことです。これからもよろしくお願いします。

栗岡 和美(くりおか かずみ)
 私は、このパンジーにきて、ほとんど間がありません。自分自身も、ほんとうに、たまに、今でも、発作をおこして、まわりの人達に、 いっぱい迷惑をかけています。 一回死にかけてもいるし、本人は、あんまり恐いものしらずのようで、まわりの人を、よく、 ひやひやさせていますが、「いつも明るく元気に生きよう」は、大切にしたいと思います。

清水 一男(しみず かずお)
 清水一男です。ぼくたちは いま パンジーではたらいています。 パンのはいたつにいったり マイクロバスにのって みんなをおろしています。 バスのうんてんしゅさんとふたりで みんなをおろしてとてもたいへん。グループほーむでごはんをつくってもらったりしています。 つじもとさんは ぼくたちがいなかったらダメなひとです。つじもとさんとぼくたちでやろうね。ぼくたちはこれからも、 みんなをおろしていきたいとおもっています。ぼくたちでがんばっていきたいとおもっています。

武田 澄男(たけだ すみお)
 4月からパンジーへきています。いつのまにかみんなに「たけやん」とよばれるようになりました。
 花よりだんご、いや仕事より・・・かな?厨房からいいにおいがしてくるといてもたってもいられなくなって、思わず厨房へいってしまいます。 でも、ちゃんと仕事もしています。
 これからもよろしく。

富田 妙子(とみた たえこ)
 パンジーでのパンやきや、せんたくばさみなどがんばります。新しい友達もたくさんできてたのしいです。私の好きな食物は、ギョーザ。 嫌いなものは肉です。

長田 民子(ながた たみこ)
 わたくしはパンジーへ来て、にどのよろこびをかんじています。みんなとなかよくしごとができてとてもよかったとおもいます。

西尾 幸女(にしお ゆきめ)
 パンジーの厨房で、「料理のできない調理員」として、働かしていただいています。「料理のできない調理員」ということで、 パンジーのみんなに、毎日毎日、とっても迷惑をかけているのですが、パンジーのみんなは許してくれるのです。優しいなぁ。 これからも役たたずの調理員でみんなに迷惑をかけ続けるだろうけれど、早く役立てるようがんばります。

浜田 桂永子(はまだ けえこ)
 パンジーへ来てはや3カ月。毎日一度は大笑いをする日々を送らせてもらっています。最初、緊張しすぎてオロオロして、 笑うどころではなかった私を、こんなに笑いじょうごに変えてしまったパンジーの面々に感謝。
 音楽が大好きな私。これからも音楽のように表情豊かにみんなと末永くやっていきたいと思ってます。

林 淑美(はやし よしみ)
 戸籍上(私にとってはどうでもいい)では楠ですが、林でとうしています。
 私はわたし。加齢と体型以外は全く変わっていないのですが、いろいろなフィルターをとうしてみる人がふえました。「施設長に会いたい」 というので出ていくと、「なんやおんなか!」。呆然としてとっさに言い返せなかった自分に腹を立て、心の中で何度もその人を蹴っていました。

干場 洋子(ほしば ようこ)
 名前の読み方は「ほしば」といいます。好きな言葉「念ずれば現ず」。好きな色は、ウニ色のオレンジ色。好きな乗り物、自転車。好きなパン、 クロワッサン。好きな音楽、クラシック、バロック。好きなジャズ、モダン、特にクルセダーズ。好きな音楽家、アンドレス・セゴビア。 好きな動物、ヒト。好きな植物「気になる木」。好きなスポーツ「水泳」。おしまい。

 


 

花咲香より

  パンジーへ

           planterior花咲香  三家 博子

 ここ数年仕事といえば繁雑なことがらを、こなす、 片づけるものという感覚に慣れきった私が林さんとのくされ縁からパンジーと関わるようになってからというもの、 パンジーに出かけて帰ってくる度に頭の中の混乱は増すばかり・・・。私の日常の時間とは別の時間がパンジーには流れているようで、 ただひたすら効率を求めて走っていた私はとまどうばかりでした。 何もかもがパンジーとは遠く離れた所にいた私としては当然の事だったのでしょうが。
 それでも畑作業、開店準備、オープンハウス等、回を重ねる毎に、パンジーの皆の性格、 ようすが少しづつわかるにつれ親しみも増していく中で「あぁ、こういう風に動けばいいのか・・・」 という感触がほんの少し解りかけて来ました。
 結局、パンジーの中で私一人が園芸の仕事をこなそうと思って動いても駄目なのであって、パンジーの人達との関わりの中で、 パンジーの時間の流れの中で動く事が大切・・・とここ迄書いてきて、いや、それでは駄目!機関車の役目もいなければ、 園芸の部門が成りたたない・・・と揺れ動くことの多い最近です。
 これからパンジーがどこへ行こうとしているのか、何を目指しているのか、何をしようとしているのか、もっと聞いてみたい、話してみたい、 その中で私がどうパンジーと関われるのかを考えてみたいというのが私の気持ちです。
 何事も収束させていくのが好きな反面、思いはあちこち漂っていきます。パンジーと関わった事で又新たな分野、 園芸療法について勉強してみたいと思っています。
 パンジーのみなさん、いつの日かじっくりとお話がしたいですね。

 


 

 ピープルファースト   カナダ体験旅行記  その1

 ぼくはカナダにいってとてもたのしいでした。またカナダに行きたいとおもっています。パンジーのにしおさん、 ゆきめさんたちにおしえてあげたいとおもっています。みんなにおみやげをかってあげました。みんなよろこんでくれました。 またカナダにいったときに、みんなにおみおやげをかってゆきたいとぼくはおもっています。
パンジーからおおさかくうこうまでタクシーにのっていきました。それからひこうきにのりかえてアメリカまでいき。 それからカナダにいくひこうきにのりかえ。そしてカナダにつきました。みんなありがとう。おつかれさまでした。 ピープルファーストのたいかいがありました。とてもたのしいでした。またいきたいとおもいました。みんなでカナダにいきたいときは、 ぼくたちにれんらくしてほしいとおもっています。そしたらぼくたちがかいごしゃでついていきたいとおもっています。 みなさんどうもおつかれさまでした。うれしいです。にしおくん、いくたさん、みどりさん、よしのさんどうもおつかれさまでした。      (清水)

ぼくはいってうれしかった。
みんなと友だちができてたいへんうれしかったです。やっぱりがいこくのコーヒーとやさいサラダがおいしかった。 サンフランシスコのおすしがとてもおいしかった。さんまのていしょくがおいしかった。かていほうもんにいって、アメリカのひともねんきん (のようなもの)をもらっているとききました。。
インタビューをしてとてもべんきょうをしました。がいこくのひとにミックスク
ッキーを1まいずつ食べてもらいました。
がいこくのお金がむづかしかった。1ドルは日本円で100円です。がいこくのパーティーに行ってTシャツをかいました。 ビールはのまなかった。コニーさんとあってたいへんうれしかった。自分のベットより広くかんじました。(生田)

私はみんなとひこうきにのってカナダにいってから、かいぎにでたりえいごでお話をしたのでとてもびっくりしました。 でも少し日本語をはなせる人がいて、とても安心しました。日本のGHとちがうとゆわれた時は、 どゆうふにちがうかわからなっかたけどひろい家にすんでいる人もいるのかなあとおもっていました 。 カナダってどうして人が多いのかがわからん。  バスにのったときは日本のバスとくらべて、私はああゆうふうな(くるまいすが5, 6台乗る)バスが日本にあったらべんりがいいだろうなと感じました。  かいものをするところがなんともいえないほどの広い店があったらほしいなあとおもったけどそうもいかんやろうなあ。 がいこくの人もこんどあそびにきてくれたらとてもうれしい。  (麻窪)

 


 

  西尾君に思い出に残ったことを聞きました
     ・ バスの中で八木君といっしょにピザを食べた事。
     ・ ミッキーマウスのTシャツを買ってうれしっかた。
     ・ トイレ介護を生田さんにしてもらった。
     ・ カナダと日本のマークの入ったライターを買った。
     ・ 車椅子専用のバスに乗った。(広くて6,7台乗る)
     ・ 外国のたばこが細くて長かった。
     ・ 飛行機の中の食事がおいしかった。コーヒー、ビール、ワインを飲んだ。
     ・ 4年してまた行きたい。

                                                          
「みどりさんが外国に行くのは反対です。時差が大きいし、彼女が発作を起こ せば生命も危険ですよ。」必死に心配して忠告するDr。
旅行前の緊張のため、1カ月前からパニック状態になった西尾君。眠らないし、食べないし、だんだん痩せてきて、 勝手な言動で介護者泣かせの彼。
海外旅行は凶と出るか、吉と出るか。
GHの介護者の三崎さんが同行してくれるのが心強い。 
出発前夜に、介護者の西尾玉枝さんの危篤の知らせ。病院にかけつける。西尾 さんのやせてつらそうな様子が痛々しく胸が詰まる。 けれど目は輝いている。 心が重たい、考えるのは出発してからにしよう。
なぜだろう。みんな、とても調子が良い。
西尾君はよく眠っている。昼まで寝てしまうので入眠剤・安定剤ともストップする。
みどりさんは恐れていた発作がでない。
生田さんはとても元気。いろいろな人と名刺交換してエンジョイしている。
一男君はマイペースで、気に入った物を吟味している。
サクラメントでトムさん、コニーさんたちに再会する。自立生活の部屋を訪れるが、アメリカのはなやかな感じと違って、堅実な印象をうける。 地道な生活の積み重ねはどこもいっしょと納得する。
 いろいろあったけど、今回はみんなの元気な“楽しかった”ということばが何よりのおみやげ。本当にやりたい事をやるときには、 少々しんどくても病気も起こらないし、疲れも忘れる。当然のことが身にしみました。

 そして、「カナダにいっしょに行きたい」と言っていたやさしい西尾さん。あまりにも突然の別れに、ことばがみつかりません。 これまでGHを支えて下さってどうもありがとうございました。やすらかにおやすみください。(芳 野)

 


 

 障害者の自立と親の自立(2)
                                楠 敏雄

全く予期せずに障害児が生まれるという「不幸」にみまわれた家庭では、多くの場合、まず何日かの間は、 夫婦そろって絶望のうちに泣きくらし、あるいは「出るのはためいきばかり」で、仕事も手につかぬ日々が続くことでしょう。 時には3人そろっての心中を考え、あるいは口にするかもしれません。やがてまず母親がそうした絶望のどん底から立ち上がり、 「名高い病院回り」を開始します。「障害が治せる」ときかされるや、藁にもすがる思いで、 いろいろな専門家のもとを訪ねさまざまな治療を受け、ときには宗教にもすがることでしょう。しかしこうした母親の努力も、 多少の変化はみられたとしても、完全に報いられる事はめったになく、徒労に終わった後は、「かわいい不憫なわが子」を精いっぱいかわいがり、 「私が守ってあげなければ」と、懸命に保護するようになるのです。もちろんなかには簡単にあきらめずに「障害の軽減」をめざして涙をのんで 「訓練」を続ける親もいるでしょう。しかしいずれにせよ、子供の小さいうちは障害を「普通の事」として受けとめ、 わが子と共に差別や偏見に立ち向かい堂々と地域で生きようと決心することは決して容易な事ではありません。
 さて、わが子の障害をなかなか認めきれぬ親たちは、その障害児達が成長するにつれて、 幾度となくあせりや絶望にさいなまれることになります。すなわち周りの健常児の親たちの無神経な対応や差別的言動にさらされ、 あるいは自らわが子を周りの健常児と比較して「どうしてこんな子に」とか「なんとか少しでもましな子に」 といった思いに胸を痛める事になるのです。また時には障害児を持つ親同志が互いに子供の障害を比べあって「うちの子の方がまだまし」 と言った安心感や優越感によって自らを慰めようとしたり、あるいはその逆に「私の方がもっとしんどい」 と自らを卑下する事で何とか立場を守ろうとすることもあります。障害児の親たちがなかなかまとまりにくいと言われる原因の一つが、 このあたりにあるのかもしれません。

 


 

あなたもガイドヘルパー  に
                            トライ してみませんか?

ガイドヘルパー制度とは?
 遊園地に遊びに行く、コンサートに行く、会議に参加するなど、だれもがあたりまえのこととしてしていること。 これらの事が障害者にとっては、非常に困難だったりします。それらの困難な部分をサポートする事によって、障害者の外出や、 社会活動への参加を保障するための制度です。そして、1993年6月より、東大阪でも、知的障害者のガイドヘルパー制度が発足しました。
知的障害者にとっては何が困難なのだろう?
  知的障害者は、「永遠の子供」という言葉に象徴されるように、「何もできない。何もわからない。だから、 保護してあげなければならないのだ。」というまわりの親や、教師や、職員の判断によって、その時その時に「ほんとうはしたかった」 経験を奪われてきました。そのために、「何がしたいのか」彼ら自身もわからない場合がよくあります。
ガイドヘルパー活動を通して何を感じるのだろう?
 障害者にとっては、行きたいところに行く事ができるようになります。そして、そのような経験を数多く積み重ねることによって、自己主張・ 自己決定が自信を持ってできるようになると思います。 ヘルパーにとっては、理念として漠然と理解していた障害者問題が、 実際に障害者と関わる事によって、より明確なものになると思います。そして、体験を通して捉えなおす事によって、 自らの成長につながっていくのだと思います。 ぜひ、ガイドヘルプ活動にトライしてみて下さい! 詳しくは「パンジー」 までお尋ね下さい

posted by パンジー at 17:00 | パンジーだより