特集知的障害を持つ人たちのエンパワメント
11月5〜6日新潟で第12回ピープルファースト全国大会が開催された。それに先立ち11月3日に「地域移行・本人支援・地域生活支援東京国際フォーラム」が行われ、かえる会が「当事者のエンパワメント」分科会を担当した。フォーラムとピープルファースト大会には海外ゲストとしてスウェーデンのグルンデン協会、オランダのLFBから当事者と支援者が来日した。当事者活動の先駆的実践が紹介され、熱い交流が行われた。(この報告は次号)
一方、矛盾だらけの「自立支援法」が強行成立した。障害者の地域生活は今後どうなっていくのか…。この展望はまさに当事者のエンパワメントにかかっていると言えるのではないだろうか。スウェーデンやオランダの当事者達は国やシステムの違いはあれ、当事者が支援者を雇用し、様々な失敗から学びながら自分の望む生活を実現し、社会に対して権利主張を続けている。日本のピープルファースト運動もアメリカやヨーロッパの当事者運動から多くの衝撃を受け、育成会運動とは分岐した当事者運動を10年以上展開してきた。
「自立支援法」で何がどう変わるのか、依然不透明である。しかし、国際的にも、日本においても知的障害を持つ当事者達がパワフルな成長を続けていることは明白だ。その力がどのような形で制度・政策に結実していくのか、それは障害者運動だけではなくあらゆる市民運動の抱えている課題ではないだろうか。今はただ、当事者が親・行政・施設職員・支援者の思惑を越えた「本当の想い」を主張し続ければ、必ずそれは実現するのだということを信じたい。
さて、今号では「コミュニケーションの難しい人たちのワークショップ」も特集する。生駒で行ってきたワークショップから○年ぶりだ。ここでは自閉症や重い障害を持つ人たちが経験を重ね成長してきた姿、それを支え共に成長しようとしてきた取り組みを紹介したい。石神先生・中新井先生と親、支援者の懇親会では、悪戦苦闘してきた親の苦労をみんなで労いながら、成長してきた子供の姿を確認した。そして今なお続く「困難な状況」を焦らず、楽しく乗り越えていくひとつの活力になったのではないだろうか。
遙か遠くの目標をめざすのではなく、一歩一歩進んできた今を大切にし、わくわくしながら次のステップをさあ踏みだしましょう!
コミュニケーションの難しい人たちのワークショップ
2005年9月14日〜15日に神戸しあわせの村で、当事者・保護者・支援者のワークショップを開催しました。このワークショップは、パンジーが始まって3年目の1996年から3年間、毎年開催してきたものです。いわゆる自閉的傾向のある人や、コミュニケーションの難しい人への関わりについて学ぶこと、彼等、彼女達の経験を増やすこと、支援者が関わりについて学ぶことを目的にしていました。本紙でもおなじみの中新井先生にスーパーバイザーで参加していただき、いつもより深いつきあいをする中で、コミュニケーションの取り方を学んだり、相手のことを知ることのできる大切な場でした。保護者の方にとっても夕食をとりながら中新井先生との懇談は、楽しみになっていました。
当事者も支援者も共に旅行やショートステイなどの経験を積む機会が多くなってきた中で開催を見送っていたのですが、7年ぶりに再開することになりました。
参加者は当事者15名、保護者7名、支援者18名。そして、スーパーバイザーは、パンジーの嘱託医である石神亙先生と、中新井先生です。2人には当事者・支援者の様子を見たり、保護者との歓談会、支援者のミーティングに参加して頂きました。
当事者と支援者は、一対一でつきあいながらプール、温泉、翌日は散策、昼食はバーベキューというプログラムを楽しみました。保護者は、夕食時に当事者と支援者の様子を見た後で懇談会に参加しました。
人に対して緊張の強い当事者が、初めて関わる支援者に身体をゆだねてプールで楽しんでいる様子や、体を動かすのが苦手な当事者がアスレチックで急な山を支援者と協力して登っていくのをみて、私は感動しました。パンジーが、授産活動や外出活動ショートステイ等の中で当事者が経験を積む支援を大切にしてきた結果だと思いました。
また、参加した支援者の多くはパンジーに関わって1〜2年の経験の浅い人たちでした。当事者と関わることの喜びや、難しさ、そして関わる側の責任を再確認しました。短い時間でしたが、バーベキューを終わる頃には関係性の元ができているように見え、ワークショップの成功を感じました。 (見舘)
ワークショップに参加して
嘱託医 石 神 亙 (精神科)
2000年の夏から、毎年一度はパンジーを訪問して、本人さん、家族、担当職員のご相談に応じ、そのあと職員さんとのミーティングで情報を交換するのを楽しみにしてきました。その上で必要があれば、遠く高槻の診療所に来ていただいたりもしています。2004年度からは、創思苑との嘱託契約を結ぶことになり、その繋がりがいっそう強まりました。今までは、休日を使って、個人的に行っていましたが、今は、出張という形で行かせてもらっています。
「嘱託医を引き受けたのだから、もう少し何かお役に立てないか」と思っていたところに、ワークショップ参加のお誘いを受け、「宿泊は無理ですが・・」と初めての参加となりました。神戸の「しあわせの村」を見たいというのも動機のひとつでした。
9月14日の夕食前に着くと、早速、お母さんたちに誘われて、日本庭園散策などと、思いもかけないロマンチックなスタートとなりました。宿泊棟を見せていただいたあと、みなさんと合流しての夕食会になりましたが、参加者の人達が、それぞれに、こだわりなどを持ちながら、それでも介助の方たちと、楽しく、美味しそうに食べておられるのを見て、何故かすっかり感動してしまいました。
夜の話し合いは、圧巻でした。何れも人後に堕ちないツワモノどもを、ここまで育て上げてきた親御さん達の明るさというか、胆のすわり具合。これは、個々のお母さんたちの人間的な魅力に裏打ちされた、わが子への思い、親仲間の連帯感。それに加えて、親子を支え、見守って来た人たちの力があったればこそのものだと感じました。私は、迂闊にも「来年も元気だったら参加します。」と宣言してしまいました。
このような場に参加することは、医者をはじめ、専門職を目指す者にとって、貴重な経験になると確信します。有難うございました。そして今後もよろしくお願いします。
私はパンジーで働くようになって、2年半になりますが、当事者と関わる中で戸惑うことや、これでいいのかと悩むことがあります。今回初めてのワークショップ参加で、当事者より私のほうがドキドキしていたかもしれません。
ワークショップでは、当事者と職員が1対1でじっくり付き合いました。その中で、Nさんがすべり台を好きだったり、Jさんがお風呂好きだったり、Yさんがアスレチックを好きだったり…。普段のパンジーでは見られない姿を見ることができました。
他の職員が当事者への情報提供を工夫しているのもなるほどなと思いました。例えば、携帯電話で写真を撮って見せていたり、メモに時間を書いて渡していたり。口で言うだけでなく、目からの情報を伝えると、当事者の人たちにはより分かりやすいようでした。
団体行動をする中での関わりも勉強になりました。当事者と支援者がグループから離れた時、職員が「みんなと一緒に行動できるようにしましょう」と声を掛けました。好きなことをするだけでなく、他の人のペースに合わせて行動することも必要だと受け止めました。団体で行動できるようになることは、視野が広がり、社会生活をする上でのルールが守れるようになったりと、今後の生活の中で大事な事だと思いました。支援者は当事者のペースに合わせて動くだけではなく、いろんな視点を持って関わらないといけないことを実感することができました。 (田中)
ワークショップに参加して〜保護者の立場より〜
三村明美
ワークショップの意味もわからず石神先生と中新井さんのお話が聞きたくて参加しました。息子の伸雄がパンジーに通所するようになり、早いもので4年目になります。この間にはいろいろなことがあり、ご迷惑をかけましたが、回りの人々の配慮で今日に至っています。常に手探りの状態で、1日の無事を願う毎日ですので、伸雄の将来が不安でした。ただ漠然と伸雄が30歳になるまでにグループホームで自立できたらいいなあと思っていました。
石神先生が「母子分離について、当事者が親に求めることと他人に求めることは違う。親・家族以外の人の支援を得て生活していくことが当事者の自信にもなっていく」と話されました。私は伸雄が自立するには、私のかかわりが必要だと思っていました。無理だと思いながら他人にもそれを求めていました。石神先生の話を聞いて反省しました。“もっと伸雄を信頼しなければ”“伸雄を認めてやらなければ”と。
他のお母さんの悩みにも共感しました。有意義なひとときでした。また機会があれば参加したいです。
人に対する安心感W
中新井 澪子
パンジーに来るようになってもう10年近くになる。その間、創思苑の日中活動の場が拡大するとともに、私も多くの当事者と出逢ってきた。今秋より、デイサービス事業の場(これが元銭湯の脱衣場で、まだ番台なんかも残っていてオモシロイ)にも、参加することになった。2回目に出かけた時、なんと私のことを「れいこさん」と呼んで迎えてくれたメンバーがいた。60数年生きてきて、友人知人は多い方だと思うが、「れいこさん」と呼ぶ人はあまりいないので、とっても新鮮でうれしかった。パンジー(パンジーU)では、ほとんどが「なかあらいさん」。自閉症のQさんは、私の顔をみるとニコニコして「ナカアライ」と唱える。中には大声で「おばちゃん!」(「おばあちゃん」でなくて良かった)と呼ぶとってもフレンドリーな人もいて、スタッフは恐縮しているが、私は結構楽しんでいる。今回登場するRさんは、メンバーの中では数少ない「なかあらいせんせい」と呼ぶ女性である。
先日、久々にRさんのお母さんが相談に来られた。数年前、彼女が不安定になって親子関係がこじれた時に話をして以来だ。「あの時に比べたら大した問題ではないのだが」と前置きしながら、家でRさんとなごやかに会話している時、突然機嫌が悪くなったり、急に怒り出したりする。親にだけならいいのだが、彼女のことをよく知らないヘルパーやメンバーさんともそんなことがあると、嫌われるのではと心配しておられる。
Rさんは、まじめでりちぎで頑張り屋である。私は話をしていてお母さんにも同じような印象をうける。親子だからということ以上に、Rさんがお母さんから学んできたことが大きいように思う。○○でなければならないといった行動基準や知らないこと出来ないことは恥しいと思う感情など、彼女のこころのアンテナは常に緊張状態だった。「しんどい時は少し休んだ方がいいよ」など言うと、「仕事だから頑張らないといけないんです!」とムキになって反論した。物事を柔軟に考えたり、他者に依存したりすることの苦手なRさんにとって、パンジーの考え方、多くのヘルパーやメンバーの各々の行動基準に出逢った時、彼女が持った不安、怖れ、葛藤はかなりのものだったにちがいない。「共同性のなかで自分は真に安全なのか、のおそれ」を感じたことだろう。被害性や攻撃性が見られたこともあったが、今は自分の気持ちを言葉で相手に伝えるようになったので、大きな問題行動は見られない。
彼女の知らない物の名前や抽象的な言葉を私が使った時、「そんなんワタシの知らんこと言わんといて」とそれまでのにこやかな表情が一変する。肥満傾向のメンバーが水泳プログラムに参加しないのは間違っていると批難するので、「水泳活動はダイエットのためだけではないしね」と言った途端に急に不安がり、「そんなこと言われたら、ワタシどうしたらよいか分からなくなる。ワタシはダイエットによいと言われたからやっているのに」と泣きそうな顔をする。確かに感情の起伏に戸惑うことはあるが、私の言葉にRさん自身も動揺していることもよく理解できて、今ではお互いの安心感につながっている。
彼女に最初にあった時から、私のことを「せんせい」と呼んだのは、何らかの意味を持っていたのかもしれない。親や、「せんせい」は頼りになる反面、のみこまれてしまう怖れを持った存在である。
言葉に依存しないコミュニケーション
林 淑美
「メラビアンの法則」をご存じだろうか。その法則によるとコミュニケーションにおける相手へのインパクトの度合いは、表情やしぐさが55%、声の調子が38%で、言葉の意味は7%に過ぎないそうだ。この法則を識った時、「やっぱり人間は言葉ではないのだ!」と思いながらも、なかなか実感できずにいた。それが、この秋、「人間は言葉ではない」ということを経験する場面があった。
1つは、「コミュニケーションの困難な人のワークショップ」での事である。このワークショップは、主に自閉的傾向のある人が経験を増やし自信を持つこと、経験の少ない支援者が良い関わりができることを目標としている。最初は、パンジーができて数年しか経っておらず、当事者も支援者も経験が少なかった。そのため、ワークショップ会場に事前に訪れるなど、緊張せずに参加できる工夫をした。それでも、一人で参加できず、親子で参加する人もいた。
今年、何年かぶりに再開をした。そして、先輩達がとても頼もしくなっているのを発見した。1人1人が自分流の楽しみ方をしているのだ。新しい人たちも、時々不安や緊張をみせながらも、落ち着いて過ごせた。それには、言葉ではないが、先輩達の経験や自信に裏付けされた行動が、大きく影響していると思う。
夕食後は、「背中合わせのハグ」を楽しんだ。背中をぴったりとくっつけて、呼吸を合わせる。すると、お互いの体温が伝わり、呼吸が一つになる。気持ちが良くて、いつまでもしていたかった。
もう1つは、スウェーデンとオランダの人たちとの交流会での事である。当事者と支援者の30人ほどが、飲んでしゃべって、歌った。母国語、英語、日本語が飛び交った。きっと、通訳の人など一部の人を除いて、殆どの人は内容を理解していなかっただろう。それでも、理解し合えた気がした。みんなで歌った時は、共通の言語で歌っているような不思議な感覚があった。たくさんの元気をもらった。
知的障害を持つ人たちと関わってきて、言葉に依存しないコミュニケーションは、これまでもやってきていることなのだが、「メラビアンの法則」手がかりに捉え直してみると、とても興味深かった。そして、よりよい関係を築くために、もっともっとコミュニケートしようと思う。
「自立支援法」は通っても私たちの戦いは終わらない
楠敏雄
すでに承知のように、政府厚生労働省及び自民公明党の与党は、10月31日に「障害者自立支援法」を数の力で強引に衆議院を通過させた。昨年4月に突然持ち出された障害者施策の介護保険への統合、同じく昨年10月に出された「改革のグランドデザイン」、それに続いて今年1月に国会に提出された「障害者自立支援法」など、厚生労働省のこの間の一連の施策は自立と社会参加を求める私たちの期待を大きく裏切るものとなった。しかも日本の障害者運動史上かつてなかった異議申し立ての行動をむりやり押し切って強行された政策である。
今回の「自立支援法体制」の元では、いうまでもなく障害者に対するサービスの量や時間単価、認定基準の決定手続き、さらには一部の例外を除いて、所得の乏しい障害者や家族でも一律に1割の「応益負担」を課することなど、どれをとっても障害者の自立を阻害する政策被害の何者でもない。
たしかに法律は強引に通されてしまった。しかし、この1年半に渡る私たちの戦いは決して無駄ではなかったし、むしろ運動の盛り上がりという点では、私たちの戦いは大きく前進したと言って良い。当面私たちは「自立支援法」を具体化させるために厚生労働省が用意している200以上にものぼる政省令や施策矛盾の一つひとつを暴露追求し、それらの変更を迫るための交渉や抗議行動を粘り強く展開していく必要がある。第二にそうした中央レベルでの行動と平行して、各市町村に対し、支援費の元で前進しかけた施策を後退させないための取り組みや、障害者の自立支援を促進する施策の実施を、それぞれの地域のネットワークを構築しながら進めていくことが重要である。
その一方で、障害者が真に地域で自立していくことができる新たな法制度を私たち自らが検討し、法案としてまとめ上げ、それを厚生労働省はもとより、各政党やマスコミのように積極的に提起し、宣伝していくことである。とりわけ「小さな政府」を掲げて福祉の切り捨てを積極的に進めてくる小泉政権に対し、幅広い人々と連携し、明確な批判勢力を作り出していく必要がある。
私たちの戦いは、これからが第二ステージである。介護保険への安易な統合に引き込まれぬよう、‘Never give up!’
2005-12-01
パンジーだよりNo.58
posted by パンジー at 20:32
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