2000-10-21

ピアカンの2年間をふりかえって

 1995年3月に初めてパンジーを訪ねた時、彼らのやさしさ、親しさに感動してしまった。本当に人なつっこくて、明るく、仲間にやさしく、助け合っていた。職員から、「ピアカンを彼らのためにやって欲しいんだけど。」と言われたとき、私は、彼らはそのままで十分ピアカンをやった人と同じくらい、すばらしいから、あらためてやる必要はないんじゃないかなと押し返したのだった。

 職員のための勉強会をやることになり、どうせ行くならということで、ほんのちょっとのつもりが、実際にやってみると本当によくできて、私が感動してしまい「もっときちんとやろう。」なんて思い出したのが事の始まりだった。
 実際始めてみると、日常的な親しさが逆にあだになり、話し手が切り出すまで待っていられず、横槍をいれてしまう場面が多く、本人が照れて黙ってしまい、周りがにぎやか、ということもあった。

 やり方も試行錯誤で、サポーターであるピアカンをすでに知っている人を何人入れるか、誰に頼むか、日常に知っている職員がいいのか、そうでないのか、いろいろやってみた。

 2年たってみて、Mさんという素敵な知的障害者がピアカンのリーダーシップを取り始めている。言葉のないPさんがジェスチャーで耳に手を当てて、聞くポーズをしてピアカンのことを表している。なんて素敵にピアカンの本質をとらえているのだろう。Pさんは、自分の話す時間には、言葉は何もしゃべらないが、皆の注目を利用して、心の中でいろんな気持ちを味わっているのだろう。日常的には、ずいぶん声をだせるようになったみたいだし、積極的になった。

  また、忘れてならないのは、本人達がピアカンをこんなにうまく使いこなしているのは、日常的なレベルで、職員の人たちのサポートもあるからだと思う。職員のための勉強会のおかげで、その下地が作られたようだ。ピアカンで座布団投げをしたとき、休み時間に一人の人が出会い頭に何も言わず職員の顔をひっぱたいたそうだ。ひっぱたかれた職員が後になって私に話してくれたのだが、その職員は「ピアカンの最中だし、そういうこともあるよなと思った」のだそうだ。もしこの職員に理解がなかったら、危うく大問題になるところで、私は冷や汗ものだった。

 知的障害者は、彼らの状況や気持ち、立場について私たちがわかるようには説明してくれない。だからこそ彼らは知的障害者なのだ。彼らが自分自身をストレートに表現し、生き生きと活動していこうとする時、周りの固定概念や想像力のなさなどが問われるのだ。

 知的障害者がお互い影響しあって、ピアカンを使って、仲間とつながり、彼らの状況を変えていく力になること期待してやまない。

境屋うらら
(『“自己実現を展く環境”を創る』より転載)
posted by パンジー at 21:26 | ピア・カウンセリング