2006-11-12

パンジーだよりNo.61

10月を目前に控えて、自立支援法の全体が見え始めた。障害を持つ人たちや家族にとっては「負担金も含めて、自分たちの生活はどうなるのだろう」と不安だろうし、事業者にとっては「収入が大きく下がる中でこれまでのサービスが維持できるのだろうか」の不安がある。
 この間の私たちの訴えが少しは功を奏して激変が緩和された部分もある。しかし、知的障害を持つ人たちが主に利用している施策については、障害程度区分によって利用できるサービスが決められ、事業者には効率と合理化が要求されるシステムだ。
 このシステムは、第三者にとっては当然のように思えるかもしれない。しかし、「何らかの理由により外出できなくなっている人」が自信を取り戻して経験を重ね、その人らしいくらしを送れるようになるには、その日が来る事を信じて待つ時間と適切な支援が必要だ。それを、自立支援法は無駄だとみなしたのだ。一見当然と思われるシステムが、より弱い立場の人をはじき飛ばすのだ。
 この間、できる限りの事をした。実情も訴えた。デモもした。そして、よりよい制度にするための闘いは、これからも続くだろう。しかし、私にとっては、失うものの大きさに振り回された感がある。失うものに着目すると不安は広がる。そして、先が見えなくなる。もう、失うものは見えた。何を大切にするのかを決め、本当に大事な事を大切にし、必要な事を主張し続ける位置に早く立つ時期に来ていると思う。そして、それは、これまでもやってきた事である。
 最後に、8月の末に2泊3日のパンジー旅行に行ってきた。昨年はバスの座席に座れず、移動中、立ちっぱなしだった人が座り、眠れなかった人が熟睡するのを見ると、安心できる仲間とのたくさんの経験が、一人一人の自信につながるのだとの思いを強くする。帰りのバスでは、「楽しかったな・・。来年はどこへ行こうか?」と話している人もいた。月並みかもしれないが、私は、このような場面に、とても心がなごむ。そして、こんな経験を、もっとたくさんして欲しいと思う。みなさん、心が和む経験をたくさんしていますか?(林)




「特集 知的障害者こそもの申す」

誰が棺桶を担ぐのか

神奈川・社会福祉法人同愛会CEO兼理事長 高山和彦

 知的しょうがいの仲間が死んだとき、誰が棺桶を担つぐのか。この問いに答えることが地域で暮らすことの究極の意味だと思います。一人っ子で暮らしている障碍の仲間もおおぜいいます。父さん母さんを見送った後、彼・彼女を誰が見送ってくれるのだろうか。もちろん、グループホーム(GH)で暮らしている仲間であり、日中の活動を共にしている仲間です。
 ところが、障害者自立支援法はGHやケアホームを「どや」にしてしまいました。僕ら事業者は利用者から日銭を稼ぐどやの主です。ゆっくり養生してきぃ、と長期入院や長旅は歓迎できません。海外旅行はとんでもないことです。GHが障碍の仲間たちの家でなくなり、心の寄辺がこの法律によって奪われてしまいました。近い将来、GHは血縁を伴わない共同体のあり方として、障碍のある・なしに関係のない暮らし方・生き方になると思っています。シングルで暮らしている高齢者が励まし合って生きるあり方がGH的な意味であって、ウンコの介護にあるのではありません。障害者自立支援法には、障碍のある人たちが生きる思想が欠けています。
 また、みんなで支えるという美しい言葉を使いながら、この法律は障碍者の懐に手を入れて生存権を盗んでいます。生活保護費に満たない年金の人たちに対して、仕事をして得た工賃も収入になってしまう応益負担を導入しました。所得保障制度の確立が前提だとアドボケイトを自認していた多くの人たちが、この法律の成立に期待し、協力してきました。が、誰一人、所得保障ができなくてごめんなさい、と障碍者に謝っていません。
 このような情況に対して、黙っていていいのでしょうか。ストップ・ザ「障害者自立支援法」。8月4日、800人を超える横浜の知的障碍の仲間たちが立ち上がって、集会を開き横浜市役所までデモ行進をしました。9月30日にはストップ・ザ「介護保険制度統合」を全国に呼びかけた集会を開きます。この法律に対する徹底した抗暴が必要です。持続する意思と行動が求められています。6102yokohamano3.jpg




新幹線で横浜の集会に行ってきました
河野明裕

 こんにちは。河野明裕です。僕は東大阪市、東鴻池の府営住宅の4棟803号室グループホーム「てくてく」に住んでいます。仕事の場所はグループホームから見える、近くのパンジーに通っています。僕は新幹線が好きです。新大阪から一人で新幹線に乗って、岡山、広島、京都にも行きます。新幹線は速いから好きです。500系のぞみが一番好きです。
 僕は、8月4日に横浜の集会に行ってきました。行くときも帰るときも500系のぞみでした。運があるんやなーと思いました。うれしかったです。
かえる会で、「横浜で集会がある」と聞きました。行ってみようかなと思いました。近いところやったらスピードが遅くても行けるけど、横浜は遠いからスピードが速くないと無理なので、新幹線に乗れると思ったので、行こうと思いました。新幹線やから日帰りで行けたと思います。新幹線じゃなかったら、名古屋ぐらいしか行けなかったと思います。
 横浜では、集会の前に中華街に行きました。みんなで食べ物を食べたのがよかったです。僕は豚まんとソフトクリームのバニラを食べました。横浜の豚まんはちょっと違いました。大きさが違いました。大きかったです。
 その後に集会に行きました。集会では、みんな「反対!」とか言っていました。パンジーのみんなでステージに上がって生田さんがしゃべりました。僕もステージに上がって、緊張したけど、よかったと思います。生田さんは怒っている顔をしていました。横浜の人なので、知らない人ばかりだったけど、パンジーからは知っている人と行ったので、慣れているから平気でした。生田さんは横浜の人と話をしていました。なんで知っている人がおるんかなと思いました。
 集会の後は、デモ行進をしました。いつもは歩いてはあかん車道を歩いたけど、許可があるから歩いてもよかったです。集会もデモ行進も暑かったけど、ジュースをぎょうさんもらえたので、ラッキーでした。

 僕は、今まで大阪の他に東京の自立支援法の集会に行ったことがあります。東京が1回目で、横浜が2回目です。東京の集会も横浜と似たようなものでした。みんな怒っていました。自立支援法にぼろくそ怒っているんやなーと思いました。僕は、もっとお金のことをちゃんと考えてもらいたいです。お金があったほうが、不幸せじゃなくて、幸せやと思います。みんな困っていることをわかってほしいです。
 入所施設をなくせと言うこともあります。僕は入所施設に入っていたことがあります。入所施設はあんまり好きじゃないです。僕はグループホームに住むようになってから、新幹線に乗り出しました。入所施設にいてる頃は、お金がないから行けませんでした。売店でジュースとかお菓子、パンを買うために1000円とか300円をもらっていました。1000円とか300円では新幹線に乗れません。乗ったらタダ乗りみたいです。グループホームは時間が決まってません。自由な時間です。世話人は「自由ですよ」「どっか遊びに行ってもかまへん」と言います。入所施設は時間が絶対決まっています。どこかに行くときは許可がいります。グループホームのほうがよかったんちゃうかなと思います。みんなもそう思ってるんちゃうかな。「入所施設をなくせー!」と言っているのは僕も思っているし、賛成です。
 みんな新幹線に乗るときはうれしそうな顔をしています。新幹線の中では、みんなは話しています。僕は風景を見てます。人はそれぞれ好みがあるんちゃうかなと思います。また、みんなで新幹線で違うところに行きたいです。同じところじゃ飽きるから九州とか違うところが良いです。旅行でも集会でも良いです。
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 8月4日(金)に横浜で開かれた「ストップ・ザ障害者自立支援法」に参加してきました。今回の集会は、横浜の知的障害者関係の団体が実行委員でした。知的障害者関係で800人、精神障害の人も合わせて1200人が集まりました。
 私たちは「同愛会」の人たちと一緒にデモをしました。同愛会では、グループホームで300名を超える人がくらしているそうです。その人数の多さに驚きました。
 集会が始まる前にパンジーの人達でステージへ上がりアピールをしました。生田さんは、「このままでは生活していけない。大阪でもなかまと一緒に闘っています。横浜のみんながどう考えているか知りたいと思って来ました」と発言しました。横浜の人たちも、知的障害、精神障害をもつ人たち、親の人たちから、次々に声を上げ、自立支援法反対を訴えました。
 当事者同士が集まり主張することで、大きな力となり発信していく強さを感じました。
 今回の横浜の集会では、知的障害者関係の団体が中心になっていることに意味があるのだと思いました。発言できる人たちだけが集会に参加するのではなく、目の前の問題に関わる全ての当事者が、体を張り真剣になって主張していくことで、世間一般の人にも知ってもらうことができ、名前だけの「自立支援法」の厳しさを共有できるのではないかと思いました。(上中)




2006年度パンジー旅行

8月30日(水)〜9月1日(金)の2泊3日でパンジー旅行に行ってきました。参加者は、全部で111名。行き先は「高山・上高地コース」「北陸コース」「小豆島・四国コース」の3コース。バスでのんびりと旅行を楽しんできました。

<高山・上高地>

1日目、岐阜県荘川高原はすずしく、コテージもおしゃれで広くて過ごしやすかった。夕食は飛騨牛食べ放題!キャンプファイヤーでは炎を囲んで歌とダンス!好きな人と手をつなぎたいけどできなかったり、告白したり・・・。上高地はとてもいい天気で山がきれい。みどりの中、ハイキングをして楽しんだ。3日目は、高山の城下町では、朝6時に起きて、朝市に行ったりする人も。おばちゃんと会話しながらつけものを買ったりして楽しみました。
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<小豆島・四国>

1日目は、バスとフェリーで、小豆島へ。小豆島は、オリーブと「しょうゆ」「つくだに」の看板がたくさん。「つくだにソフトクリーム」も!ホテルでは宴会をして、最後は海辺で花火。2日目は、パンジー?Uで売っているマルキン醤油の記念館を見学。「パンジーで売っているそうめんも醤油も、この島で作っているんだなあ」そして、徳島の祖谷渓へ。山奥にたどり着いたホテルは、とてもきれいだった。3日目は、祖谷のかずら橋へ行く。すばらしい景色にスリル満点のつり橋。走り抜けようとしてつまずく人あり、あまりの迫力に涙しながら渡る人あり・・・。
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<北陸>

ずばり!『グルメ旅』。まずは敦賀で「甘エビ食べ放題」。大きなザルに山盛りの甘エビを次から次へとむしっては食べて大満足。「羽二重餅の古里」では、いろいろな味の羽二重餅を試食しまくり。芦原温泉で、恒例の大宴会。2日目は金沢市の甘味処「ひがし茶屋街」。甘いものを食べて大満足。3日目、「ゆのくにの森」では、オルゴールを作ったり、染め物をしたり、紙すきをしました。最後の昼食は、焼き肉。最後まで食べまくり!
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「加齢」の問題 2
中新井 澪子

 今夏、北海道浦河にある「べてるの家」を見学した。小規模授産施設2ヶ所、グループホーム3ヶ所、共同住宅3ヶ所、福祉ショップ(有限会社)などで構成され、約150人が多種多様な事業に関係している。精神障害を持った人達が中心で、「弱さを絆にして」ありのままに時にはしたたかに、過疎の町で賑やかに生活されている様子が感じられた。年間2千人を超える見学者には、メンバーによる専門のチームが対応している。私たちもまず朝の全体ミーティングに参加した後、「迎能プロダクション」チームによる歌と踊りの歓迎をうけた。次に「オリエンテーション研修」チームによる多様な施設・事業の詳細な説明があり、「うまいもん」チームの中に入って「おつまみ昆布」の袋詰めを行った。何だかパンジーに居るみたいと思ったが、壁にはべてるの理念が書かれている。気に入ったのは「そのまんまがいいみたい」「手を動かすより口を動かせ」気になったのが「病気に助けられる」「自分でつけよう自分の病気」。精神障害はやはり「病気」なのか。「障害」との違いは?など今も考えている。でも、機関誌を読むと−メンバーは年と共に体重を重ねて、精神病より成人病との付き合いの方が重要になってきています。そこで支援スタッフは、血圧の測定、血糖値の状況、内科外来の受診、服薬の確認、食生活の工夫に奮闘中− とのこと。日常生活における支援は、障害とは関係なく同じようである。

 さて、「パンジー」に戻って、前回の続き「加齢」を考える。
まずやってくるのが、筋力や柔軟性の低下で、運動機能が知らぬ間に衰えてくる。面倒がらずに出来るだけ身体を動かすこと、また腰痛や転倒予防の体操等は、スタッフも一緒に行いたいが、決して無理をしないことが大切である。時々は意識してゆっくりと深呼吸をする。また、顔の筋肉も動かそう。目や口の周囲、耳やあごの下など指で押すだけでもよいが、にらめっこなど百面相をしあうのも楽しいと思う。決してシワやタルミの防止ではない。表情を豊かに保ち、視力、視野、涙の出入り、咀嚼や唾液分泌などの機能を維持するために必要である。
 面接を続けているSさんの不調の一つが目の奥の痛みである。彼の筋力低下は加齢によるものではないのだが、向いに座っている私を見るときですら瞼を上げようと力を入れている。彼の仕事場(パン屋)では、立って作業をしている人が多いので、話をする時など車イスの彼は常に見上げなければならない状況を考えると、眼の周囲の筋肉疲労かもしれない。Sさんの訴えに、私は暖かいおしぼりで眼の上のホットパックを勧めると、本人曰く「これはよく効く」と。私もそうだが、瞼がゆるんでくると、たとえばテレビなども少し下向き加減で見る方が楽なのである。
 運動面はまだ気がつきやすいが、感覚の変化にも注意を払いたい。視覚については、老眼への対応が必要になってくる。当事者からの訴えは少ないのだが、度数の異なる老眼鏡を揃えておいてはどうか。細かい作業の時に試しにかけてもらって本人に楽な方を選んでもらえばよい。また、世の中暗く見える白内障や異物感や痛みを伴うドライアイ、他にも加齢により異常がでる眼の病気も多い。視覚の不調はやる気や根気を減少させる。時には失明に至る病気もあるので、気をつけたい。
 聴覚については難聴への対応があるが、加齢による場合、補聴器はそれほど有効ではないらしい。私が検査を受けた時、聴きとりが悪くなってくると、音は聞こえても、聞き間違えを防ぐことにはならないと言われた。人間関係が悪くなる原因の中には、聞き間違えによる誤解も相当あるので、配慮したい。大事な話し合いや情報伝達の際には、やはり書いたものを用意した方がよい。
 触覚の衰えもなかなか自覚できない。持っているものを落としたり、ちょっとした段差につまずいたりして思わぬケガをするのは、老化の始まる頃に多い。また、低温ヤケドも要注意である。次回は私が最も気になっている「燕下」と食事について考える。




再び「「差別語」と「差別表現」を考える 2
創思苑理事 楠 敏雄 

 前回は童話『ピノキオの冒険』を取り上げて、差別表現について考えてみた。今回は、何をもって「障害者差別」を否定するかについて、もう一度整理してみたいと思う。
 ここ数年、日本でも「障害者差別禁止法」の制定を求める声が高まり、各自治体レベルでも「障害者差別禁止条例」を巡る具体的な論議が活発となっている。私なりに「障害者差別」を最も簡潔に定義してみると、次のように見ることができると思う。すなわち「身体的、精神的な能力上、または形態上もしくは個性上の違いを理由に、障害を持つ人たちが、他の市民と平等に有しているはずの権利を侵害、もしくは制限し、障害者に様々な種類の屈辱を与えること」となる。もちろん、この点でもまだ十分とは言えないが、もっと簡単な言い方をすれば「一人一人の能力的な違いを認めず、不等に扱うこと」ということもできる。
 本来はこの後に「障害とは何か」に関する言及が必要なのだが、今回は中止して、むしろ基本的な問題として「差別」と「区別」の相違についてもう少し、突っ込んで考えてみたい。
 最近、しばしば「商品の差別化」という言葉が言われるが、それは文字通り、「よりよい商品―電化製品や食料品―などを消費者に提供し、消費者がそれを選択すること」が狙いであるといってよい。しかしながら、人格を有する人間の場合となると、そんなに簡単ではない。すなわち、上にも述べたように人間には、それぞれ能力や個性の上での違いがあるが、そうした違いに価値付けを行い、それを根拠として、人間の自由や権利を制限したり侵害することは、許されないであろう。もちろんそれぞれの人々に対する「好き嫌い」や評価は否定できないが、それを理由に、集団から排除することは認められないのも当然である。それは「ノーマライゼーション」や「インクルージョン」の理念に反し「ともに生きる社会づくり」につながらないからである。ようするに「区別」と「差別」の最も重要な違いは、個々人に対する不利益や排除を伴うか否かにある、ということにある。(つづく)
posted by パンジー at 00:00 | パンジーだより